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12月
Coelogyne pandurata
Coelogyne pandurataが2017年4月の開花から6年ぶりに開花しました。現在の支持材は炭化コルクで、2020年6月の歳月記に植替え後の株を2015年撮影の花写真と共に報告しました。なぜこれ程長い期間、開花が見られなかったかは推定となりますが、炭化コルクとの相性と輝度不足が原因と思われます。そこで今年の夏にそれまでと比べ輝度が高く、かん水時には支持材全面が等しく水を浴びる場所に移動したことと、冬季に入り室内では昼夜の気温差が10℃程になったことが開花の要因と思われます。今回の開花を機に、これまでの3枚からなる本種ページ写真を13枚の写真構成に改版しました。画像下の青色種名のリンク先に詳細が見られます。現在2株を栽培していますが、いずれも先端バルブが間もなく支持材を超えるサイズになっており、開花後に株分けと植替えを行う予定です。この際には新たな支持材として相性の良い杉板に変更するため、現在その入荷を待っているところです。
現在開花中の開花数の多い6種を撮影しました。
下画像は現在開花中で、株あるいは花茎当たりの同時開花数が通常と比較して多い6種です。画像下の種名欄のxxFLsのxxは花数を、また/plant(株当たり)、/stalk(花茎当たり)で表記しました。通常見られる同時開花数はBulb. fradulentum 2-3輪/株、Bulb. trigonosepalum aff 4-5輪/株、Bulb. williamsii 4-5輪/株、Bulb. makoyanum 3-4花序/株、Den. annae 3-4輪/花茎、Paph. sanderianumは3輪/花茎です。株当たりの花数は大株になればなるほど多輪花となるのは当然ですが多数の同時開花を得るには栽培環境が大きく影響します。Den. annaeは植替え待機中での開花ですが、木製バスケットへの植替え後には1茎10輪以上の同時開花を目論んでいるところです。
ところで、以下はランの栽培をこれから始めようとする方々への解説ですが、植物がもつ開花特性には2つのタイプがあり、一つは一斉に多数の花を同時開花するものと、同時開花数は少ないものの花が終わると再び新しい花を開花させ、これを繰り返すことで長期間開花を続けるタイプです。一斉開花は一般に風媒花に多く見られ、風で花粉を飛ばし仲間の花に受粉するのですが、この風任せは最も原始的で効率が低く、それならば大量の花粉を皆が一斉にまき散らせば、お互いが受粉できるとする手段です。しかしランはこうした風任せではなく生息数が少なくても確実に同種間で受粉ができる方法として、特定の虫に花粉を運んでもらうことがより受粉確率が高くなると、虫(運び屋)の発生時期に合わせて開花すると同時に、花粉を粘着紐が付いた塊にして虫が運びやすい形にし、虫の好む匂いや誘引物質で花に誘い、より確実に且つ広範囲に繁殖ができるよう進化(虫媒花)しました。一方、花粉魂の運び屋にとっても種それぞれには花と同じように短期あるいは長期の寿命と共に固有の発生時期があります。さらに問題は、多くのランの花寿命は僅か2-3週間であり、その期間内で花粉魂の運び屋を利用しなければなりません。このため複数の花数で目立つように、また匂いを強くして運び屋の注意を惹きつけ、運び屋も特定の1種だけでなく数種を誘うことが考えられます。しかし
生息場所によっては、その短い花寿命の期間中に目当ての運び屋が必ずしもタイミング良く生息しているとも限りません。この不確定な状況に対応するためには、同時開花数を少なくしてエネルギーを温存し、時間差をもって開花を繰り返すことで開花期間を長くし、運び屋の飛来チャンスを待つ手段も生み出しました。いずれにしても花をいつ咲かせるかは、運び屋が生まれ活動する時に合わせることが必須であって、では耳、鼻、目もない植物は何をもってそのタイミングを知るかです。一言でいえば環境の変化です。すなわち一定期間の温度、湿度、輝度等だけでなく、それらの変化量や周期をも感知する働きをもち、それらとDNAが持つ情報との一致がトリガーとなり、花芽の発生から開花に至ると考えられます。運び屋もサナギから成虫に羽化するトリガーは同じです。花芽の発生と運び屋の誕生(羽化)が共に同期するに至った生命の多様性と高度な進化は全く神秘的です。
このような自然の営みを考えると、生息域とは異なる栽培環境にて花が咲く咲かないかは、進化によって得た最小限の環境条件が栽培において疑似的に与えられているかどうかです。しばしば花が咲かないのは施肥不足であり、NPKのP(リン酸)を与えると良いと書かれた栽培解説文を見かけますが、施肥は株の体力を高め花数を増す働きがあっても開花のための一義的なトリガーにはなりません。開花には上記記載の環境(温度、湿度、輝度など)が要素であって、施肥で花が咲く訳ではありません。まず栽培環境を整えることが先決です。しかし課題はラン個々に異なる開花DNAに合わせた環境は如何なるものか、いわゆる開花に必要な環境情報を知ることは容易ではありません。栽培において特に初めて入手した品種で、入荷後間もなくして一度は咲いたものの、その後は咲かないことがしばしばです。これをビギナーズ・ラックとも云いますが、それは入手前の環境の影響により開花したもので、新たな環境は開花に適していないことを示しています。こうしたそれぞれのランが求める環境条件を一つ一つを根気よく探し当てなければなりませんが、見方を変えれば、原種栽培にとっての醍醐味は、栽培者が提供できる環境の中で花を咲かせる開花要件の解明にあるとも云えます。どうしたら咲くのか、なぜ咲かないのかに答えられるのは栽培経験者でなければ出来ないかもしれません。ベテランと呼ばれる栽培者もそれまでには多数の失敗と成功を繰り返し、そうした中からそれぞれのランが求める栽培要件を会得してきたのではと思います。
Bulbophyllum bandischiiとBulbophyllum lobbii giantの成長について
Bulb. bandischiiはニューギニア低地生息のバルボフィラムで、コロナパンデミック前はインドネシア・Foresta Orchidsが1葉$25とし、バルボフィラムの中ではBulb. kubahenseを凌ぐ高額な種でした。2020年頃には海外で実生株の販売が始まり、現在ではネット検索でAndy’s Orchidsが株サイズは不明ですが、$50となっています。国内での販売では7.5㎝鉢植付け(NBSと思われる)葉付き3バルブ株でオークション落札2,800円が見られます。これらが野生栽培株か実生株かは分かりません。当サイトでは2016年に野生栽培株を5株程入手し、サンシャインや東京ドームらん展で4-5バルブ株を3,000円で販売したものの購入された方はいなかったようです。その後、温室訪問の方が2株程購入され、当サイトでは残った3株の栽培を続けてきました。下画像は本種の開花の様子で、左及び中央は今年5月の撮影です。
ところで、本種についての情報には不可解なことがあり、IOSPEでは本種の花サイズは縦5㎝、幅1㎝との記載です。下画像に示すように本種栽培株では自然体で縦13㎝程です。本種のドーサルセパルは通常湾曲していますが、開花2-3日後に画像中央に見られるようにドーサルセパルは後方に反る動作が見られ、数日内で再び右画像のように戻ります。左画像の右下の花にも反った状態の株が1輪見られます。花サイズが最長となるドーサルセパルが伸びきった姿勢を撮影しようと画像右の状態から無理やり立たせればセパルは折れてしまうため、自然に反りかえった時点で花を株から切り取り撮影した画像が、画像下の青色種名のリンク先に掲載しており、この状態での縦幅は23㎝で、横幅は4.5㎝でした。このように実測値とIOSPEとは余りも異なります。これまで本栽培では5㎝ x 1cmサイズの花は一度も見たことはありません。ネットで調べてみたところ、2つのことが分かりました。一つはOrchidRootsの本種花画像で、その中にコインと共に撮影された画像があり、この花のサイズは5㎝程と推定されます。その下には本種名ではなく(syn)との記載があり、その花は本種のSynonymsとなっています。他の一つは前記IOSPEのサイトには類似種としてB singulareが知られており、相違点は本種が軟毛のセパル、球形のペタル先端突起とあります。しかしBulb. singlareのサイズについては何故か記載がなく、またペタル先端部の形状を認識・確認できる画像もネット上には見当たりません。
下画像左は2020年4月、炭化コルクに植付けた3株のミズゴケを交換したときの様子で、葉付きバルブ数は3株合わせて18個でした。それから3年8か月を経て、バルブ先端部が支持材を超えるサイズとなっていたため、今月22日-23日の2日間で株分けを兼ねた植替えを行いました。右写真はその植替え後の株の様子です。右画像の元株は全てこの3株のみから得たもので、葉付き7-9バルブに株分けした後、それらを10枚の炭化コルク+ヤシ繊維マットに取り付けたものです。葉付きバルブ総数は75個となっています。この僅か4年間程で葉付き18バルブから75バルブとなった驚異的な成長は、今年1月に取り上げたBulb. japriiの著しい成長度合と似ていますが、Bulb. bandishiiは長いリゾームと1葉が10㎝を超える株サイズであり、Bulb. japriiとはまるで異次元の景色となっています。成長度合いを振り返ると、昨年9月頃から施肥を本格的に始めてからの変化がそれまでとは大きく異なるようです。
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撮影2020年4月 Photo on April, 2020 |
撮影2023年12月24日 Photo on Dec. 24, 2023 |
一方、下画像はBulbophyllum lobbii giantです。下画像上段左は本種と一般種とのサイズを比較したもので横幅が1.5倍程となります。中央画像は今年9月8日に当歳月記にて植替えの様子を報告した3株の内の一つで、葉付き18バルブの株です。右はその株の4か月後となる現在(24日)の様子です。植替え時の新芽は全てバルブを付けた若芽となっています。一方、下段には上段右の株の植替え後に発生した現在の新芽を3つの画像に分けて撮影しました。矢印と番号はそれぞれの新芽に割り振ったもので、現時点で9芽となります。すなわち植替えから僅か4か月で凡そ半数のバルブに新芽が発生しており、植付け時の新芽を含めると、この株は今後数か月の内に30個を超える葉付きバルブ数となります。植え付けられて間もない株のバルブの半数に新芽が発生するのは、前記のBulb. bandischii同様に本種も異常とも思える様態を示しており、環境が適合すればこうした繁殖力を現すのが野生株の本来の姿なのかも知れません。
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2023年12月24日時点での新芽の発生 New sprouts at four months later from transplanting |
Bulbophyllum kermesinumについて
パプアニューギニア生息の本種はBulb. unitubumに酷似したバルボフィラムで、10㎝程の大きな花サイズにも拘らず僅か1mほど離れた位置であっても両者の違いを見分けることは困難です。両者が別種とされるのは糸状の細長いペタルの先端部の1 - 2mmほどの小さな形状に違いがあり、IOSPEの画像に見られるようにBulb. kermesinumは涙滴型(涙が落ちる形状:tear drop shape)に対し、Bulb. unitubumは扁平球(球を上下から押しつぶした形状:flat sphere shape)であるためです。虫眼鏡がなければ分からない程の僅かな形状の違いからそれぞれを別種とするのも興味がありますが、深刻な問題は、マーケットにおいて果たしてこの微小形状を販売者が確認したうえで取り扱っているかどうかです。Bulb. kermesinumの販売は少ないようですが、ネット検索では南米のEcuageneraがヒットします。しかしこの販売サイトに見られる画像をコピー拡大してペタルの先端形状を見ると扁平球のようで、Bulb. kermesinumには見えません。またOrchidRootsでは複数の画像がBulb. kermesinumとして掲載されていますが全て扁平球、すなわちBulb. unitubumです。
今回、Bulb. kermesinumを取り上げたのは、コロナパンデミック前にインドネシアから本種名で入荷した株が本日(13日)開花し、初の開花のため期待していたのですが形状を調べたところ涙滴型ではなかったからです。本種名で出荷したこのインドネシアサプライヤーにはこれまで幾度となくミスラベルがあり、2つに一つが本物であれば良しとする覚悟で4年間ほど受け入れてきましたが、またしてもです。コロナ以前にはネット販売していた業者でもあり、多くの海外のラン園もこの業者からランを直接あるいは間接的に輸入していると思われます。こうした状況から本種を購入する場合、販売者が花(ペタル先端部の形状)を確認済みであることが必須のバルボフィラムで、ラベル名だけでは信用ができないため注意が必要です。
Dendrobium fairchildiae
現在(14日)ルソン島生息のDen. fairchildiaeが開花中です。IOSPEによれば本種はクールタイプで茎(疑似バルブ)当たり6-9輪の開花、また花サイズは3.75㎝ - 5cm、岩生種と記載されています。一方、J. Cootes著Philippine Native Orchid speces 2011では開花数は9輪まで(up to nine blooms)とし、花サイズは4㎝で、着生及び岩生種との記載です。今回本種を取り上げるのは、15年間の本種の栽培経験から、こうした情報と異なる点が多々あることが分かってきたからです。まずIOSPEでは生息域を標高1,200m以上とし、温度マークはクールマークとなっています。このマークはIOSPEの定義で標高1,800m - 2,500mとされていることから生息域は主に1,800mから2,500mと解釈できます。一方、当サイトでは今年の猛暑での温室内の夜間平均温度が3か月間近く30℃を超えても株に異変は見られず、栽培株は標高1,000mあるいは以下の中温域の生息と推定され、また1茎当たりの同時開花数は例年3割以上の株で9輪を超えていること、さらにIOSPEでは生態が岩生のみの記載ですが、当サイトでのこれまでの栽培では7割が垂直吊り下げの炭化コルク、2割が木製バスケット、1割がプラスチックポットで、全株の植付け材は着生種と同じミズゴケとクリプトモスのみで順調な成長を得ています。
下画像は今年9月の歳月記でプラスチック鉢から木製バスケットへの植替えを報告した高温室栽培株の2か月後の開花の様子です。中央画像に見られるようにこれまでの栽培で最も多い1茎に30輪の同時開花数となりました。IOSPEやJ. Cootes氏著書に記載の最大輪花数の3倍を超える多さです。また右画像では別の花茎に12輪が開花しており、1株で42輪の同時開花となっています。画像は全て14日の撮影です。
これまで幾度となくサイトや書籍に記載の生息域から想定される環境条件と実際の栽培適合環境との差異、また花、葉、株サイズなど当サイトでの栽培株との違いを指摘してきました。新種に関する論文や書物等の内容は、その筆者がそれまでに収集した情報を基に記載されるものですが、出版後に新たな生息地の発見や環境変化による個体差などは当然起こり得ることであり、種のサイズや生息域などの限定的な定義には無理があります。しかし記載の中には"up to xxx cm"とか"over xxx m"の表記がしばしば見られます。こうした上限や下限を示す記載は見方を変えれば、その範囲外には当該種は生息しないか、もし生息するとすれば、それは別種か変異種になってしまいます。実態は環境変化や個体差によるものが多いにも拘らずです。種の特徴を数値で表記することは同定に必須の要件ですが、それらに敢えてup toやoverと言った推定用語を付帯することは止めるべきで、そうした用語が無ければ読者は、記載の情報は観測による値あるいは可能性の高い推定値と解釈し、その範囲を超える生態がいずれ出現しても、そうした多様性は数千・数万年を経た生物の進化の必然的結果であり、それを調査不足と考える人はいないのではと、Den. fairchildiaeの花数に見られるような幾例の実態を見る度に思います。
今週(3 - 9日)開花の15種
下画像でBulb. recurvilabreは、青色種名のリンク先にある多数の同時開花株とは別株です。また葉付き30バルブから成る株を今年5月の歳月記に取り上げましたが、この株の本格的な開花は来年を予想しています。
3つのカラーフォームをもつBulb. auratumがほぼ同時に開花しています。本種はネット上の画像を見る限り、最も種名の曖昧な種の一つで、形状が類似し本種同様のカラーフォームをもつBulb. corolliferumとはラテラルセパルの表皮やリップの形状の特徴から当サイトでは別種としています。しかしネットではそれぞれの画像が混在したり種名が異なるサイトも見られ、こうした混乱はCirrhopetalumがBulbophyllum属へ統合されたことも原因かとも思います。多数の花画像を掲載するOrchidRootsのBulb. auratumやcorolliferumが参考になります。
Bulb. sp aff. quadrangulareは花サイズ(左右スパン)がこれまでのページ掲載の画像では3㎝でしたが今回の開花では5.5㎝ほどでしたので差し替えました。Spatulata節のDen. discolorが現在開花中です。本種も前記同様に多数の変種とされるフォームがあり、Spatulata Orchids,2006 ISBN 9980-86-070-7によると変種名だけで7種以上(var. Moresby Gold, var. Rigo Twist, var Central Province, var. Bensback, var. mushroom pink, var. Lemon Twistなど, )あり、まるで生息域毎に変種名があります。果たしてこの変種名は公的な登録なのか愛称かは分かりませんが、種名にvar.を用いる以上は愛称ではないことを意味し、首を傾げてしまいます。ちなみに当サイトの下画像本種名青色のページにはその著書には見られない無い、ラテラルセパルのベース色が白い花のDen. discolorも掲載していますが、これもvar.なのかと笑ってしまいます。
Dendrobium aurantiflammeum
今年は記録的暑さが長く続き秋期が無いままに冬を迎えています。浜松では先週半ばから温室暖房機が稼働し始めました。当サイトの高温室内の温度は現在最低15℃、最高28℃(晴天日)で、平均温度はそれぞれ夜間が18℃、昼間は26℃となっています。この1日当たりの温度差は高温タイプの多くのランにとっては最適な環境で、新芽の伸長が盛んです。
一方で、今年の夏季の高温室内では夜間平均温度が30℃を超える日が2か月以上続き、この状況に最も影響を受けたランの一つがDen. aurantiflammeumでした。症状としては5月の歳月記(本種の植替え)に掲載した画像に見られる多数の葉や、8月には新芽も紹介しましたが8月中旬頃から落葉が増え始め、9月中旬にはそれまでの葉数の7割近くを失いました。温度によるこれほどの障害は初めての経験です。そのため40株以上ある本種を全て5月以前の場所(3℃程低い)に移し、更に散水と通風による気化熱を利用した管理を先月の気温が下がる頃まで続けました。その結果それまでの反動かのように、この2か月半の間で驚くほど多数の新芽が発生し伸長を続けています。下画像はそうした新芽の様態を8株撮影(3日)したものです。これら新芽が薄茶色の太い紡錘形状の膨らみを茎(疑似バルブ)基に持つFS株になるまでには1-2年を要しますが、気長に待つしかありません。
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Dendrfobium aurantiflammeum Borneo (Photos on December 3, 2023) |
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