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8月
Bulbophyllum incisilabrumの植替え
2003年発表のスラウェシ島標高900m - 1200mに生息のBulb. incisilabrumの植替えを行いました。本種の植替えは今年3月の歳月記にても取り上げましたが、今回はそのページに開花見本として掲載したブロックバーク取付け株の植え替えです。画像左の株は2019年にブロックバークに植付け、2021年4月に開花した時の画像です。葉付7バルブで10輪が同時開花しています。右隣は左画像の開花から2年5か月ほど経過した今月25日撮影の同一株です。葉付17バルブの株に成長しています。さらに右2枚はその株の2つの新芽の根元を拡大した画像で、ブロックバーク支持材から浮いた様態が見られます。このままでは新芽の根の活着点がなく、やがて根と共に新芽も枯れてしまいます。当サイトでのこうした株の植替えの1例を今回取り上げてみました。
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Bulb. incisilabrum |
左画像の2年4か月後の成長株(葉付き17バルブ)2023年8月25日撮影 右2枚は新芽根元の拡大画像 |
下画像はブロックバークから株を取り外し、洗浄と株分けをしたそれぞれの画像で、左はブロックバークから株を取り外した株の裏面、中央は左株の根周りの古いミズゴケを洗い流した状態、右はその株を4つに分割(株分け)した様子です。
4つの分け株をそれぞれ病害防除処理をした後に植付けとなります。今回は下の右画像に見られるように、これまでのブロックバークに対し植付け面積が2倍以上となる新たな支持材へ、それぞれの分け株を寄植えしました。中央は左側面からの画像です。葉付きバルブ数は植替え前と変わらず17個です。
新しいブッロクバークは縦横共に、ある程度の伸びしろ域を持たせており、次回の植替えは3年後になると思います。こうした植替えで最も難しい問題は、これまでの支持材上で空中に飛び出した新芽やリゾームの伸長方向がまちまちで、葉の向きが他とは異なっていたり、湾曲した固いリゾームを含むそれらの株を平面的な支持材上に他の分け株と共にどのようにして違和感なく取付けるかです。それにはまず株分けの際でのリゾームの切断位置の見定めが要となります。また1株全体を平面上に置いた時のリゾームの湾曲による凹凸は、その下に敷くミズゴケの厚み(量)で調整しフラットにします。さらに
バルブや葉の向きによっては取付け後に1㎜径のアルミ線でバルブの姿勢を矯正し、根が活着し株全体が安定した後(半年ほど)にアルミ線を外す処理もあります。
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長さ60cmブロックバークへの植付け (左:正面、右:左側面からの撮影) |
植替え前と新たなバークとのサイズ比較 |
このように新芽が複数、支持材をはみ出した株の植替えには可なりの手間がかかり、例えば上記の株では古い支持材の取り外しから新しい支持材への植付け完了までに4時間以上を要しました。
現在(29日)開花中の16種
現在開花中の花を撮影しました。撮影は画像下の青色種名のクリックで詳細情報が得られます。
記録的猛暑が続く中での新芽の発生
国内の多くの地域で連日35℃以上となる猛暑日がすでに1か月以上続き、ここ浜松では温室内では70%寒冷紗下にあっても午前10時を過ぎる頃には40℃を超える日が日常的となり、ランの栽培では頻繁な散水あるいはエアコンによる冷房が必要になっています。当サイトでは標高1,000m以上に生息の中 - 低温タイプ種にはエアコン冷房を、また1,000m以下の高温タイプ種には午前と午後の散水によって気化熱を利用した冷却を行っています。こうした対応の甲斐もあり、現在700種ほどある栽培株の8割程に葉や根の伸長や新芽の発生が見られます。そこで今回は猛暑期間に入ってから発生した新芽を48種選び、27日と28日の両日に撮影してみました。下画像に取り上げた種を栽培しておられる趣味家も多いと思いますが、今年の猛暑での栽培株の様態は如何でしょうか。
Bulbophyllum hampeliae
Bulb. hampeliaeは2016年Orchideen Journalにて、フィリピンMindanao島標高1,200mのコケ林生息種として発表された新種のバルボフィラムです。当サイトでは、種名由来のHampel氏から入荷した現地ラン園より2018年に15株ほどを入手し、2019年のサンシャインや東京ドームらん展にも出品しました。それから4年以上経ち、今年6月に浜松の知人から国内初と思われるその開花画像を送って頂きました。今月に入り当サイトにおいても開花が得られたので今回報告することとし、本種の新ページをバルボフィラム・サムネール・インデックスに追加しました。
本種は発表から7年ほど経ちますが、栽培情報を含め花画像が少なく、Orchidrootsでは複数の画像が見られるものの、それらの提供者は僅か2名でネットでは同一画像が多く、他に2-3種の画像のみです。国内や米国でのマーケット情報もありません。現地からの出荷数が極めて少ないのではと思います。下画像左は知人からの画像です。花や株以外の背面画像は一部を消去しています。右は当サイトで現在開花中の画像です。花形状を見ると左はBulb. virescens、右はBulb. uniflorumに似ていますが本種は花茎が短く、セパル・ペタルの斑紋が異なります。花画像の多くは左形状で、右形状はPhytoimages.siu.eduに見られます。当サイトでは現在、他株を含め4つの新たな花茎を確認しており、今後の開花待ちとなっています。
本種の詳細画像(サイズや株全体)は画像下の青色種名のクリックで見ることができます。
Bulbophyllum scaphioglossumとunitubumのマーケットについて
前々項の開花18種に掲載したバルボフィラム2種について、この機にとマーケット情報を検索していたところ、同種でありながらサプライヤーによって余りにも価格が異なることが分かりました。まずBulb. scaphioglossumですが、2014年発表の新種故か海外を含めマーケット情報は僅かで本種自体の詳細情報も少なく、IOSPEでは生息標高域の記載がありません。また花サイズは1.5㎝の小型種と記載されています。このサイズはどの部分かは分かりませんが、当サイトでのメジャーを入れた寸法画像ではNS(自然状態)で縦幅4 - 5㎝、横幅4㎝です。本種は時折左右のラテラル・セパルが触れ合う程、後方に反れる状態になりますが、その時の寸法ではないかと思われます。バルボフィラム属種でNSサイズが5㎝は小型種ではありません。一方価格ですが海外サプライヤーで現在価格リストがダウンロードできるのはNT Orchidですが、このリストでの本種価格は60ドル(日本円で8,000円程)となっています。NT Orchidの価格リストで60ドルを超える高額バルボフィラムは、種名不詳種spを除き200種あるリスト中で12種のみで、例えばBulb. kubahenseは葉付3バルブ株で60ドルであり、本種はBulb. kubahenseと同額となる程の高額種です。一方で、国内では1ラン園で株サイズは不明ですが3,800円程(2022年度)が見られます。驚いたのは先月のヤフオクでの落札価格です。葉付7バルブサイズで2,000円でした。この株サイズであれば5㎝サイズの花が多数開花し、下画像に見られるように良く目立ち、また世界のマーケットでも余り取扱いの無い新種にも拘らずこの価格はどうしたことかと思った次第です。
一方、Bulb. unitubumもNT Orchidのリストでは60ドルです。ペタル形状に特徴があるパプアニューギニア生息の本種はラテラルセパルが全開した時の左右の幅は13㎝程でバルボフィラム属としては大型の花となります。国内マーケットの価格は3,000 - 5,000円台、ヨーロッパでは€35.00(5,600円ほど)になっていますが、こちらも前者同様にオークションでは7葉付で1,200円(2021年)や1,500円(2022年)の落札が見られます。本種は近年実生株が出回っているようで、NT Orchidの野生株の価格とオークションの価格との差はこうした株由来の違いがあるのかもしれません。でなければ現地からの野生株の輸入原価を下まわるような国内での取引はオークションとは云え成り立ちません。いわゆる捨て値のような印象です。
このように入手難とされる特徴のある原種には、サプライヤーはその原種の由来を明記された方が良いのではと思います。海外マーケットに比べ異常とも思える低価格(オークションでは開始値)である種は、野生栽培株と実生とでは大きく価格が異なることから実生との印象を受けます。下画像はバルボフィラム2種の野生栽培株の花と株です。花を除いて株は全て10 - 11日の撮影です。
Coelogyne usitanaのサイズ
本種はフィリピンMindanao島Bukidnon標高凡そ800mに生息のセロジネで、人気も高く当サイトでは2015年以前から多数の本種野生栽培株を入手してきました。今年に入り、これまで3棟の高温室に分散して栽培をしていた25株程を纏め、高輝度で通風のある高温室の一か所に移しました。その結果、環境が適していたのか、上段右画像(10日撮影)が示すように、多数の株でこれまでに無い程の大きな葉サイズとなっています。全ての株は炭化コルクあるいは炭化コルク+ヤシ繊維マットへの取付です。下段画像左は上段右の一部を拡大したもので、中央画像は葉長50㎝また右は葉幅12.5㎝をそれぞれ示しています。一方、J. Cootes著 Philippine Native Orchid Species 2011では本種の葉長は37㎝、葉幅は10㎝まで(to 37cm long by 10cm wide)と記載されています。サイズの違いが1-2株であれば変異体として”giant”とでも付帯名を付ければ良いのでしょうが、25株のほぼ全てがこれまでに見られなかったサイズへと伸長成らしめているのは栽培環境以外考え難く、このところの猛暑で夜間平均温度が30℃前後にあることが引き金になっているのか、いずれにしても不思議です。年末頃には大多数の株で葉長50㎝超えが見られたら面白いと、先週からお茶パックに入れた固形肥料を全株に取付け様子を見ることにしました。
現在(10日)開花中の花18種
室外では記録的な猛暑が続く中、現在開花中の18種を選び撮影しました。上段左のBulb. scaphioglossumは2014年発表のニューギニア生息のバルボフィラムです。IOSPEを含めネットには標高域の記載がなく、当サイトでは低温から高温室での2年間に及ぶ栽培結果から、入荷ロットは800m-1,200mと推定しています。この領域の生息種の夏期の夜間平均温度は18-25℃が好ましいと思います。Bulb. unitubumの開花は浜松温室では通常冬期であり、今の開花は狂い咲きです。Coel. kinabaluensisはCoel. capureaとの類似性から同定が難しい種ですが、今回はリップ中央弁や側弁形状から本種としました。Den. ionopusもDen. datinconnieaeと形状がよく似ており、これも同定に迷う種で今回はリップ基部の斑点から本種としました。
Dendrobium albayenseはデンドロビウムの中で花が7mmと最も小さな種の一つです。Dendrobium macrophylluはフィリピン、Java,ニューギニアなど広範囲に生息し、これまで多数の旧名を持ってきました。画像はフィリピンよりDendrobium setigerum名で入手した株です。一方、Dendrobium bracteosumはtannii名での入手で、ラン属の中で最も開花期間の長い種の一つです。下画像の花も4か月程がすでに経過しているものの、今だ落花する様子はありません。Vanda mindanaoensisはJ. Cootes著Philippine Native Orchid Species 2011ではVanda furvaとして記載されています。しかし2015年Motes, etalにより本種名に確定されました。本種は先月も掲載しましたが、今回開花の花は別株でセパル・ペタルの色合いが異なっています。また本種についてIOSPEでは花サイズを2.2㎝と記載しており実態(横5.5㎝x縦6㎝)とは可なり異っています。それぞれの詳細情報は花画像下の青色種名をクリック下さい。
Bulbophyllum geniculiferum, longicaudatumおよびBulbophyllum japriiに見る繁殖力
下画像は5日撮影のBulb. geniculiferumとBulb. longicaudatumです。葉付5 - 6バルブ程の子株をそれぞれ炭化コルクに植付けてから5年程になります。昨年末までは施肥を行わなかったにも拘らず、5年程で今では1株が40-50バルブになっています。両画像で株の間から多数の糸のような線が見えますが、これは落花した後の枯れた花茎です。両種の詳細情報は青色種名のクリックで得られます。
一方、下画像は今年1月の歳月記で取り上げた直近の新種バルボフィラムBulb. japrii (OrchideenJournal 8(05),2022年発表)です。当サイトが本種を入手したのは2019年で、1株が5-6個の葉付バルブで10株でした。下画像左端の株は現在100個程の葉付バルブ数となっています。この画像に含まれない株もあり、これらも含めるとバルブ数換算では葉付600バルブを優に超えます。株分けをする予定でしたが、一斉開花の風景を撮影してからと待機しています。
ちなみに、毎年倍々と繁殖をするのであれば、こうした大株を10株以上親株として持ち、増えた分から葉付5バルブ程を1株として切り出し、1株数千円でオークション等に出品販売すれば、まさに金のなる木ならぬ”金のなるラン”ではと。しかしこうした思惑をまた”捕らぬ狸の皮算用”とも云います。
Dendrobium deleoniiの開花
先々月の歳月記にてDendrobium deleoniiの入荷時から今日までの成長を取り上げました。本種は2018年OrchideenJournal Vol.6.2に発表された新種のデンドロビウムで、ミンダナオ島Bukidnon標高1,200m - 1,300mの雲霧林に生息とされます。当サイトでの主な開花期は2月と8月頃の年2回となっています。下画像は左が先々月に掲載したトリカルネット筒に植え付けの株で、右が今月1日撮影の、それらの株の開花の様子です。
さらに別アングルからの花画像が下になります。
ところで、全国で連日猛暑が続いており、天気予報では1日の最低気温が25℃
以上となる日も多数の地域で見られます。このため夜間の平均気温はその値より3-4℃高いことと、特に温室栽培では昼間の室温が幾らか残り、さらに高温となります。夜間平均温度が30℃ともなれば高温タイプ種であっても栽培許容範囲を超えることになります。1,000m以上に生息の中温タイプにとっては、昼間の数時間の気温であれば30℃以上も許容されるものの、夜間平均温度が20℃以上となると開花が抑えられ、25℃以上では栽培ができません。困ったことに近年の原種マーケットでは中温タイプ種が増える傾向にあります。現在栽培している種がどのタイプかは当サイトやIOSPEなどに記載の標高情報で調べることができます。高温障害の
症状としては通常、まず葉先枯れや葉の色変化が起こります。これは根が高温や乾燥障害を受けた場合に現れます。一度障害を受けた葉や根は適温に戻っても回復することは出来ず、新芽・新根を待つ他ありません。今年のような連日の猛暑が毎年続くようになると、中温タイプの種を含む温室にはエアコンを設けるか、それが困難な場合はそうした種の栽培は避けるべきと思います。おそらく今年は中温や低温タイプを栽培している趣味家にとって、かなりの数を失うことになりそうです。
フィリピンやマレーシアに15年程前から出かけるようになり、マニラやクアラルンプール国際空港から出たときの90%近い湿度と40℃を超える熱気を初体験した時の衝撃が、今国内で起こっているとは想像できませんでした。現地の多くのラン園は、マニラやクアラルンプールの市内や近郊では気温が高すぎ栽培に適さず販売店のみとし、栽培場所はより涼しい地域に別途設けています。しかしそれでも中温タイプ種の栽培は気温が高く開花が難しいとのことです。例えばフィリピンでは、ラン農園は避暑地で知られた標高700mのタガイタイ周辺に多く、この地域では胡蝶蘭改良種などは野外で栽培が行われています。しかしDen. papilioなど中温タイプ種にとっては、この地でも気温が高く殆ど開花が見られないそうです。一方、標高1,500mのマレーシア・キャメロンハイランドではエアコン付き温室はどのラン園にも見当たりませんが、クアラルンプールから南に車で一時間ほどの丘陵地帯の多いセレンバン地域では、クアラルンプールに比べ気温は若干は低いものの、高温タイプの胡蝶蘭改良種であっても全てエアコン付きの温室栽培で、中温タイプの例えばDen. tobaenseを始め、標高1,200m以上のランに対しては、エアコン付き温室内に置かれています。また6 月のマレーシア・ペナンは今年の日本の猛暑のようになりますが、同地区にあるNT Orchidでは、ニューギニア生息種を中心に低 - 中温タイプはキャメロンハイランドにストックしています。このように日本でも夏期に限られるものの、多様なランの栽培には昼間の散水、夜はエアコンと云った生息国と余り変わらない対応が必要になりつつあります。
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