栽培、海外ラン園視察などに関する月々の出来事を掲載します。内容は随時校正することがあるため毎回の更新を願います。  2023年度

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6月

Bulbophyllum hampeliaeの栽培

 Bulb. hampeliaeは2016年Orchidee Journal Vol.4-4で発表された新種のバルボフィラムで、フィリピンMindano島・東ミサミス州標高1,200mコケ林の生息種とされます。当サイトが栽培する本種は種名由来のHampel氏より直接出荷されたロットとして2018年12月に入手しました。本種の現在のマーケット情報はネット検索する限り、前項のDen. fitrianum同様に 国内外ともに皆無です。花は下画像上段に示すようにBulb. uniflorumに似ていますがサイズは大きく、迫力があります。現在Mindanao島からのバルボフィラムやデンドロビウムの、特に2010年以降記録された新種の入荷は極めて困難なようです。

Bulbophyllum hampeliae Mindanao Photos at June 26, 2024(撮影:2024年6月26日)

  2018年入荷当初の株は1株当たり殆どが葉付きバルブ3個のサイズで、1株のみ5葉が含まれていました。この5葉株の植付けは木製バスケットに、他は殆どを炭化コルクとし、専門誌に記載された生息域標高1,200mの情報から中温室にて栽培を始めました。その時の木製バスケット植付けの様子が下左画像です。そしてその株の5年半後の現在の様子(今月25日撮影)が中央画像となります。中央画像株の葉付きバルブは新芽を含め32個です。また画像右の60㎝長炭化コルク付けの2株は一度植替えをしていますが葉付きバルブは10-13個で、両株とも現在、先端バルブは支持材を越えています。バスケットおよび炭化コルク植付け株は、ともに5年半で4-5倍の成長です。写真での葉サイズは炭化コルク株がバスケット株に対して小さく見えますが、これは撮影倍率の問題で、実態は炭化コルク株がバスケット株と比較し一回り大きなサイズとなります。
 両者の栽培環境の違いは、バスケット株のみ夏期を除き高温室で、炭化コルク株は通年で中温室となっていることです。こうした結果からは、本種ロットは標高1,200mより若干低地の生息域の可能性があります。バスケット植えは、下画像に見られるように本種の様なリゾームの長い種の支持材としては適していません。植え付けてから1-2年後には新芽はバスケットから飛び出てしまい結果、新芽の根の活着場所が無くなり、やがて枯れてしまいます。これを避けるには若芽の段階で、盆栽用アルミ線等を用いて内側に向くよう強制的にリゾームを曲げることになります。自然本来の姿を観賞する原種に、こうした処理は不自然な栽培手段でもあり、年内の植替えでは杉皮+炭化コルク構成の支持材に植え替える予定です。

撮影2018年12月15日(Dec.15, 2018) 撮影(June 25, 2024) 撮影(June 26, 2024)

Dendrobium fitrianumの開花

 Den. fitrianumは2018年Orchidee JournalVol. 6.1で発表されたデンドロビウムの新種です。Sumatra島固有種で生息環境は不明とされます。当サイトが本種を得たのはSumatra島からマレーシア経由で2014年12月でした。入手後の初花は翌年2015年1月で、現在のCyberWildOrchidサイトの立ち上げ(2015年4月)以前の、胡蝶蘭を中心としたRanwildサイト2015年1月の歳月記に掲載しました。すなわち専門誌に発表(2018年2月)される3年前に本種を入手し、その花をネットに掲載していたことになります。当時の花写真が下画像上段左となります。本種の花のカラーフォームは多様で、それぞれのフォームは当サイトの本種ページで見ることができます。
 今回本種を取り上げたのは、当サイトでは2018年以降本種の在庫が無くなっており、Dendrobium atjehenseとして寄せ植えされた株の一つが今週開花したところ、それがDen. fitrianumであったからです。その開花画像が中央および右で、右画像はDen. atjehenseと同時開花している様子です。ここで気になったのはなぜ本種とDen. atjehenseが混在したかです。Den. atjehenseの最初の入荷は2016年末で両者は同じSumatra島生息種であり、両者の茎(疑似バルブ)の形状は、いずれも紡錘型(円柱状で中ほどが太く両端が次第に細くなる)で、また目視上での葉形状の違いも無いことから、株のみでの両者の識別は難しく現地サプライヤーがDen. atjehenseとしてラベリングしていたものと考えられます。
 さらに今回気付いたことは、Orchidee Journalでの本種のスケッチ図では疑似バルブは紡錘型ではなく、直近の新種で本種によく似たDen. gayoenseOrchidee Journal Vol. 6, 2020 )と同じくバルブには紡錘状の膨らみは見られません。当サイトではDen. fitrianumgayoenseは多数の株で花を確認していますが、花以外での両者の相違点はバルブの形状です。Den. gayoenseの画像ページはこちらです。このDen. gayoenseもOrchidee Journal発表の5年前の2016年にSumatra島アチェ州から入手しています。下画像下段は、Dendrobium atjehenseとして 木製バスケットに寄せ植えされた株です。また中央はこの株の植替えのため取り出したもので3株の寄せ植えとなっていました。左株は花未確認、中央がDen. fitrianum、右がDen. atjehenseです。画像右はその中のDen. fitrianumの植付け後の様子です。撮影は全て今月23日です。3株とも中央画像に見られるように株形状は酷似しています。Den. fitrianumの改版した詳細画像は画像下の青色種名リンク先に見られます。Den. fitrianumatjehensegayoenseそれぞれを出荷したインドネシア・サプライヤーは同じで、2014‐2016年時ではこれらが未発表種(atjehenseは古い記録があるが絶滅したと当時思われていた)故に、こうした混乱があったと思われます。

撮影(Jan. 20, 2015) 撮影(June 23, 2024) 撮影(Flower white:atjehense, pink:fitrianum
Dendrobium atjehenseとしての寄せ植え株 (左:sp、中央:fitrianum、右:atjehense Dendrobium fitrianum

 下画像はDen. fitrianumDen. gayoense及びDen. atjehenseの疑似バルブを比較した画像です。画像からはDen. fitrianumDen. atjehenseがバルブの中央部に膨らみ(紡錘状)があり、一方Den. gayoenseには膨らみは見られません。Sumatra島からの入荷時の株のバルブは瘦せており、紡錘形状の膨らみは僅かですが、栽培で十分に成長したバルブでは当サイトのDen. fitrianumDen. atjehenseのページ画像に見られるように、その特徴が顕著になります。

Dendrobium fitrianum Dendrobium atjehense Dendrobium gayoense

現在開花中のCoelogyne asperataの多様なフォーム(個体差、地域差あるいは別種?)

 現在栽培しているCoel. asperataはボルネオ島生息のCoel. spとして2017年に入荷したもので、当時株形状が似ているとのことからか現地出荷名はCoel. hirtellaでした。そのため2019年6月の初花を歳月記に掲載した時の花名は当初Coel. hirtellaとしたものの、その後知人からの情報を得て、種名をCoel. sp aff. asperataに変更しました。2019年までは全て中温室での栽培で、開花頻度が少なかったこともあり、3年前に一部を高温室に移動した結果、毎年開花が見られるようになりました。花は株毎に個性があり、ネットではセパル・ペタルが乳白色タイプも見られますが、当サイトでは開花時には緑の強い黄緑色からやがて黄彩が増す性質があります。また落花間近まで開花時の緑彩を維持するカラー・フォームや、特にリップ中央弁表皮の形状は多様です。一方でこれらは良い同じ香りがします。ネットでの画像比較による一般種と当サイト種との相違点は、orchidwebpinterestなどに見られるように、長い花茎は弓なりあるいは半下垂タイプが殆どですが、当サイトとandysorchidsの僅かなサイトでは直立タイプも見られます。バルブ形状も多くのネット画像と異なっており、Coel. asperataの類似種には相違ないものの一部は別種の可能性もあります。下に当サイトで今期(5-6月)開花したCoel. asperataのリップ3態を示します。これらの画像から同一種とすることが適切か否かは議論のあるところです。特に下画像右(Form 3)のリップ形状は他と比較して違和感があります。本種のページにバルブを含めた詳細比較が見られます。

Coel. asperata Form1 Coel. asperata Form2 Coel. asperata Form3

この2週間ほどに開花した短命花

 飛来する昆虫(運び屋)に花粉魂を運ばせ、離れて咲く別花に受粉をさせる高度な繁殖手段を持つランにとって、その受粉確率を一層上げるには運び屋が飛来する機会を増すことですが、そのためには可能な限り、開花状態をより長く維持することが必要です。しかし下画像に示すデンドロビウムは開花から僅か半日あるいは3日程で、受粉の有無に関わらず 花を閉じ、また受粉がなければ1-2日程で落花してしまいます。下画像のDen. amboinenseは僅か半日、Den. plicatile (Syn: Flickingeria fimbriata )およびDen. balzerianumはそれぞれ1日、またDen. insigneは3日程の開花期間です。

Dendrobium amboinense Dendrobium plicatile Dendrobium balzerianum Dendrobium insigne

 多くのランにとって、開花や運び屋を誘う匂いの放出、さらに受粉後の結実に可なりの体力を要すると思われます。しかし上画像種は他の同属種と比べても同時開花数が特別多いことも無く、疑似バルブ、葉、根等も弱々しい印象はありません。反面、他種と異なる特性は、1年間での開花数(時期)が複数回あることです。この実態からは、1日開花しても運び屋が来ないのであれば、これ以上開花を続けても無駄だから、この期の開花は止めにして別の期を狙おうと言わんばかりです。飛来に不確実性のある運び屋に対し、何故にこれほど僅かな時間しか与えない進化に至ったのか不思議です。
 こうした中で、Den. amboinenseは上写真に見られる開花状態は半日ではあるものの、開花時と変わらない長いセパル・ペタルを垂らしたままの蕾の状態が4-5日と長く、個性のある形状でもあることから蕾と開花時間を合わせると落花まで1週間近くとなり、観賞時間はそれなりにあります。

Dendrobium aurantiflammeumに見るその後の成長

 下画像は2020年3月撮影のDen. aurantiflammeumです。木製バスケットへの植え付けで、5つの疑似バルブから成る株の開花風景です。

Dendrobium aurantiflammeum red-form Borneo

 本種については昨年7 - 8月の記録的猛暑により、大きなダメージを受け、9月にやや低温となる栽培環境に戻して株の回復(新芽の発生)を待ちました。それから3か月が経過した12月頃には多数の新芽が現われ、その様子は歳月記12月にて報告しました。それから6か月後となる現在、それらの中から2株を選びその後の新芽の成長の様子を先月に続き撮影しました。下画像は左右1対が同一株で、それぞれ左側が昨年12月3日、右側が昨日15日の撮影です。12月以降に発生した新芽も含め、左の株は現在12本、右は13本となっており、いずれも12月時点からほぼ4-5倍の長さに伸長しています。これらの植え込み材はミズゴケ・クリプトモスミックスで、表面は蒸散を押さえるためミズゴケを一様に敷いています。そのため、6か月も経つと下左側画像に見られるようにコケがバスケット表面全体を覆うことから、右側株ではそれぞれ3か月前に表面のみ新しいミズゴケに交換しています。こうした対応からも分かるように本種の栽培では根周りは決して乾燥させないことを基本としています。しかしながら本種について、これだけ多数の新芽の同時発生を見るのは初めてです。

Dec. 03, 2023 June 15, 2024 Dec. 03, 2023 June 15, 2024

 これまで45株程の本種の栽培において、全株ほぼ同じように上段開花株の画像に見られる1株当たりの株サイズは、基部に膨らみを持つ4-5バルブと膨らみのない1-2バルブから成り立っています。注目する点は、現在成長中の疑似バブルがBSサイズとなれば1株10バルブサイズが普通となり、10バルブ以上も多数見られることになります。5バルブでも上段画像に見られる開花数ですから、10バルブ以上となれば花数はどれほどになるか、新芽がBSバルブになる2年後が楽しみです。一方で、今年は昨年以上の猛暑になるとの予測もあり、夏期の3か月間程は中温室への臨時移動も検討中です。

現在(15日)開花中の6種

 現在開花中の6種を選んで撮影しました。上段中央のVanda deareiの一般フォームはベース色の白色に黄色の彩りです。今回開花の花は開花時はアルバフォームかと見間違えるほど全体が白色でしたが3日程経ち淡い黄緑色の縁取りが現われてきました。しかし今回の花は白さが依然際立っています。
 下段のDimorphorchisrosliilowiiが同時に開花しています。久々の登場です。画像下の青色種名のリンク先で詳細画像が見られます。

Dendrobium auriculatum Luzon Vanda dearei Borneo Coelogyne pandurata Borneo
Dimorphorchcis rossii Borneo Dimorphorchids lowii Borneo Dendrobium bullenianum Luzon

Dendrobium cuneilabrumの開花

 現在、Den. cuneilabrumが開花中です。当サイトでの本種の入手は2015年で、Sumatra島生息のsp(種名不詳)としてマレーシア経由で入手しました。その経緯からサイトのページには今日まで、種名をDen. sp aff. cuneilabrum(cuneilabrum類似種)としてきました。一方、Den. cuneilabrumは1世紀以上も前の1909年の記録ですが、ネット検索での花写真は当サイトを除くと、IOSPEおよびOrchidRootなど2-3枚でマーケット情報もほとんど見られません。
 当サイトでの今回の開花は凡そ8年ぶりで初花は2017年です。フィリピン・ミンダナオ島生息のDen. butchcamposiiと株や花姿、また生息標高域も似ており、同じ温室内で栽培をしてきたため開花を見逃していた可能性もあります。生息地についてはIOSPEではスラウェシ島、またWFOではニューギニアとされます。当サイトのSumatra島を含め、生息地については流通や情報量が少ないこともあり、再確認の必要も考えられます。IOSPEでは香りマークの記載はありませんが、今回の開花で確認したところ、微香ではあるものの良い香りがします。
 10年近い本種の栽培を通し、当サイトでは現在30株を越える株数となっています。いずれにしても現在最も入手難なデンドロビウムの1種と思います。画像下の青色種名リンク先にて詳細画像が見られます。今回の開花で花形状の再確認ができたため、これまでのsp aff. の削除を予定しています。(後述6月21日:本種について種名にスペルミスがありましたので、これまでのsp aff. cuneilabiumを削除すると共に種名をcuneilabrumと修正しました。)

Dendrobium cuneilabrum Sumatra

Dracula属の現在の栽培状況

 熱帯の高山植物Dracula属の多くは株の根もとから花茎を下方に向かって発生・伸長するため、排水用底穴や狭いスリットのある他属種で一般的に使用されるポットは、本種の植付けには適しません。根詰まりで塞がれることがなく支持材から花茎が空中に伸び出るには、バスケットあるいは板付けが本属種の栽培の必須条件となります。当サイトがDracula属の栽培を始めたのは2016年頃からですが、こうした本種の特性を考慮し、2018年夏にはそれまでのプラスチック・ポットから7割程の株を円筒形ワイヤーバスケット(当時はメタルリングと呼ばれた)に、また3割を炭化コルへの植付けとしました。ワイヤーバスケットにしたのは100円ショップで安価に入手できたからです。2022年末以降は金属の腐食(サビ)を避けるため、一部をポリエチレン・コーティングされたワイヤーバスケットに変更しつつ今日に至ります。

 下画像上段中央と右は2018年の植替え当時の様子です。中央写真の円筒形バスケットはワイヤー間の隙間が広すぎ植込み材が零れ落ち株を支えられないため、トリカルネットを丸めバスケットの内側に入れて植え付けました。これを2mx50㎝サイズのメッシュパネルに、右写真が示すように隣接した15個のバスケットを上下2列に並べ30株を吊り下げました。さらに同じ構成のパネルを背中合せで結んで1組(60株)とし、これを2mx2mの広さの空間に4組吊るして最大で240株の栽培を可能とし、この空間を2つ設けました。この栽培空間は通年で夜間平均温度 15℃、昼間は22℃に設定しています。

 下段画像は4日前に撮影した現在の様子です。2018年の植付けから凡そ6年近く経ちます。株が増え、また株の背丈も高くなってきたことと、本属種は低輝度栽培とされるものの、当サイトの栽培実績では比較的輝度の高い環境の方が成長が優れ、2列に並んだバスケットの下段にある一部の株を、上段に移動させるため、現在はメッシュパネルそれぞれの組の間隔を狭めてパネルを追加すると共に、2mx2mの空間を2つから3つに拡大しています。
 一方、この全空間の空冷と照明(輝度)は寒冷紗70%を用いても、ここ浜松では太陽光による温度上昇により、前記の温度範囲内にエアコン1台で対処することはできず、そこで70%遮光寒冷紗を2枚重ねにすることで冷房は可能となるものの、温室は暗すぎ輝度不足になってしまいます。そこで冷房コスト面から、2重の70%寒冷紗と、エアコンは1台(夏期の消費電力は平均で2KW)を前提に、輝度不足に対しては2300LM昼白色40型LED蛍光灯(消費電力は1本あたり19Wで従来の蛍光灯40W相当の明るさ)を全空間合わせて9本用いることにしました。照明時間は9時 - 18時(9時間)となります。 今後はポリエチレン・コーティングされた、また花茎径にワイヤーの隙間サイズが相応した商品も見られることから、新たな植替えでは順次それらに置き換える予定です。

Dracula Species Wire Basket Dracula Species Cultivation 2018
Dracula Species Cultivation in 2m x 4m (left) and 2m x 2m (right) spaces 2024
Polyethylene Coating Wire Baskets (ポリエチレンコーティング・ワイヤーバスケット)

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