Phalaenopsis appendiculata

1.生息分布

マレーシア
Pahang 州Kanpurg Kuala
Borneo島Sabah

2.生息環境

 低地日陰。気温22-23C(夜間)、28-33C(日中)。湿度通年85%以上(10-1月高く、4-9月低い)。ボルネオ島サバ州クロッカー山脈ツルスマディ山周辺の明るい林で小枝に着生した本種の撮影されたビデオがある。


3.形状

3-1 花



1. 花被片
 花の直径は胡蝶蘭では最も小型で1cm。花名はappendage(関節)をもつという意味。一般種は白地に花被片外側には青紫色の斑点が入る。この斑点は赤紫(下写真上段右)や、青(中央)、花被片のベース全体が白色ではなく青みのあるセルレア、また斑点のないalbaタイプ(上段左)も稀に見られる。一般種のリップには青紫のストライプが入る。温室では夜間18-20C、昼25-26Cが1ヶ月以上続くと花序が発生し、1.5-2cmほどの花茎を葉の下側に隠れるように2-3本伸ばし、花茎当たり2-3輪の花を着ける。同じparishianae亜属のPhal. gibbosa, Phal. lobbii, Phal. parishiiは、葉の上に花茎を伸ばして開花するが、本種は葉の下となる。葉下に花茎を短く伸ばし花を着ける種(Phal. inscriptiosinensisなど)の花サイズはいずれも小さく、雨滴を避ける(葯帽の落下)ためかとも考えられる。花期は夏を除いて通年で開花が見られる。albaは夏に咲くことがある。多くは晩秋が多い。香りは感じない。


2. リップおよびカルス

 appendiculatagibbosa, lobiiなどと同じParishianae亜属に属し、この属の特徴としてリップ中央弁が側弁の基部の位置を支点として前後に振れる構造をもつ。リップの縁取りの色は花被片の斑点と同じ青紫色である。中央弁は風が当たることで揺れる。この揺らぎは昆虫を引き付ける擬態があるのか、上写真のリップ中央弁全体を見ていると、昆虫が羽を広げている様態で、カルスの黄色部分が頭、側弁やanteriorカルスの糸状突起が触覚のように見えるのは人間だけの印象か?

 カルスは2組でanteriorとposteriorともに2分岐の糸状突起をもつ。側弁は細い。中央弁の基部から中心まで2列に並んだ髭状(写真左の赤色の棘のような並び)の突起物は他の亜属には見られない。


3-2 さく果

 さく果は1.2cm。花被片は受粉後に縮み、やがて枯れ落ちる。右は採撒きから8か月後の自家交配500ml フラスコ苗。普通種タイプの受粉はそれほど難しくはなく子房は発達するが、albaは再三交配を繰り返しているがシイナ(胚のない種)ばかりで、おそらく交配適応温度範囲が狭いか、自家不和合性があるものと思われる。20倍ルーペでは胚を確認するのが難しい程、胚は他の原種に比べて非常に小さい。

Seed Capsule
Flask Seedling

3-3 変種および地域変異

 変種として下記がある。
  1. appendiculata f. alba
    リップの基部が黄白色で他は純白色。


  2. appendiculata f. aurea


  3. appendiculata f. coerulea
    花被片ベースの白色が薄青色となるもの

3-4 葉

 下写真で右の小型の株は一般サイズで葉長5cm、幅3cm程であるが、左の大株は葉長9㎝のいずれも本種のBS株である。葉形は卵形で薄葉である。栽培では、葉は初春から晩春にかけて新葉が出るが、全体で4-5枚程度しかならず、これ以上となると古葉が落ちる。温室のコルク付けでは自然生息株のような大きな葉になるのは難しい。 albaタイプは一般に普通種タイプに比べて葉サイズも葉数も少ない。普通種タイプの中には6-8枚の大株も見られるが、このような場合、1本の花茎に5輪程が同時開花することがある。

Leaves

3-5 花茎

 1.5 - 2.0cmほどの花茎を2-3本、葉の裏側に発生する。花茎当たり2-3個の花を着け、丈夫な株では順次2-3か月間咲き続ける。


3-6 根

 葉の全長とほぼ同等の長さの根を張る。比較的高温時期に新根を出す傾向が見られる。花が葉の下で開花する特性からコルク、ヘゴ板が必須のコンポストとなるが、ヘゴ板に苔が繁殖したり、古くなった場合は新根が出る時期を見計らって移植したほうが良いようである。移植は嫌うようで、春以外の時期の移植は勧められない。筆者所有株(30株程)の観察範囲であるが、晩秋の25-18Cでは花茎を発生させるが根の成長は止まる状態が見られる。このことから高温時期には十分な水分と肥培を行い、根を発達させなければ大株にはならない。

4.育成

  1. コンポスト
    フラスコ出しから開花株までの期間は6㎝以下の半透明プラスチック鉢にミズゴケが良い。水分過多になると思われるが、水切れ乾燥を嫌う傾向があり、常にコンポストが湿っている方が成長は活発である。開花株では花が葉の下に咲くため、コルクやヘゴ板/棒にコンポストを変更する必要があるが、この場合、可能な限り多くのミズゴケで根を覆って取り付ける。乾湿を繰り返すミックスコンポストや僅かなミズゴケのコルク付けで株が徐々に小さくなって行った経験をもつ。

    コンポスト 適応性 管理難度 備考(注意事項)
    コルク、ヘゴ、バスケット    
    ミズゴケ 小型半透明プラスチック   フラスコ苗から1-2年間
    ミズゴケ 素焼き    

  2. 栽培難易度
     難易度は高い。この要因は根が常に湿った状態を要求し乾燥を嫌うためと考えられる。通風はごく僅かでも問題はない。また移植を嫌い、秋から冬季の植替えは控えたほうが良い。湿度の確保が難しい場所、順化あるいは苗からBS株にする育種だけの目的であれば、小さな半透明プラスチック鉢にミズゴケが良く、マレーシアのラン園での栽培はこの方法が定番となっている。乾湿の差が大きくなると葉が落ちる。全ての葉が落ちればaphyllae亜属と異なり半落葉種ではないため再生は困難となる。

     開花サイズの栽培として、コルクやヘゴ棒に取り付けた場合、これをミズゴケを入れた素焼き鉢に株がミズゴケ表面近くになるまでコルクあるいはヘゴ板を差し込み、周辺が高湿度となるようにする方法で良い結果を得ている。この栽培法では、花は葉の下で開花するため、開花期間中は鉢から支持体を外し、吊り下げる。2014年時点で30株以上を栽培しているが、7割が小サイズの半透明プラスチックとミズゴケの組み合わせ、残り3割がコルク板である。このコルク板は縦長で前記したように花を着けていない期間は、コルクの半分をミズゴケの入った素焼き鉢に挿して立掛けている。


    Phal. appendiculata 実生

  3. 温度照明
    最適温度(根の成長に関し)範囲は22-32℃で高温・多湿を好むようである。夏季の猛暑の温室の中では日中最大36℃程になるが新葉と花茎の成長が見られた。開花は高温多湿であれば季節を問わない。但し、初春から新葉が成長し、初夏から根が発達する傾向が観測される。 照明は5-10月で日中70%以上。冬季は日中50%以上の遮光。高い輝度は好まない。胡蝶蘭の中では低輝度のグループとなる。エアコンや換気扇近くの短時間内での温度変化の繰り返しが生じる場所は好ましくない。

  4. 開花
    温室栽培では夜18-20℃、昼25℃前後になると花茎が発生する傾向があるが、高温多湿では季節を問わないようである。蕾が付けば根に十分な湿気がないと開花前に落ちてしまう。

  5. 施肥
    特記する事項はない。

  6. 病害虫
    病害虫に弱い印象は受けないが、これまでマイマイによる花および葉の被害がある。

5.特記事項

 普通種の自家交配は成功したが、albaタイプの自家交配は3度試みたが胚が未成熟であった。