順化中の胡蝶蘭Aphyllae亜属種

 胡蝶蘭Aphyllae亜属の多く(Phal. wilsonii, honghenensis, stobartiana等)は生息国での開花期が終わり、新しい葉が出る頃となります。またそれに伴って栽培では植え替えの時期でもあり、野生栽培株の入荷も始まります。

 実生を除きこの時期、海外からは根だけの状態で入荷するため、まずは順化栽培のための植え付けを行います。植え付け方法は様々ありますが、最も一般的なのはコルクやヘゴ板に取り付ける方法です。ポット植えも可能ですが一工夫が必要です。特に前記原種は2-3枚の小さな葉と、その割には不釣り合いな50㎝を超える多数の根から成ります。まさに入荷した時の株の状態は根だけで、干からびた生薬か、乾燥野菜そのものの容体です。この種の扁平な根の表裏の生理機能はそれぞれ異なり、表面は皺があり緑色して固く、裏面は白く薄い表皮となっています。表面は葉緑素をもち光合成を行うとされています。一方、裏面は支持体への活着と水分を吸収します。

 この機能から、光を通さない素焼き鉢に植え込んだり、ミズゴケあるいはミックスコンポスト等で根を完全に覆ってしまう深植えを行うと根に光が届かず、落葉時期から花芽が出て開花する間、光合成は出来なくなり養分生成ができません。この結果花芽が出ずそのまま枯れるか、植え込み材の上に僅かに出ている根で光合成が行われ、辛うじて開花しても、やがてやせ細り、1年目は良かったものの2年目で枯れてしまいます。この種の栽培が難しい原因の多くが根に光が届かない植え込み方法によるものと考えられます。これはヘゴ板も同様で、支持体の保水力を高めるため、他のランでしばしば行うように根を完全にミズゴケで覆ってからヘゴ板に取り付ければ同様に光が遮られ、成長は芳しくありません。この問題を解決する方法は、根元をポット表面から2-3㎝浮かして植え付けることです。これにより1/3相当の根が植え込み材の外側に位置します。通常Aphyllae亜属の植え込み材は小型の半透明のビニールあるいはプラスチックポットと大粒のバーク単体(底には軽石)が海外では多く利用されており、生息国での栽培も同様です。しかし例え小型の半透明プラスチックと大粒のバークにより、ポット内部である程度の明るさが得られても植え込み状態によっては根全体には十分な輝度が及ばないことも考えられます。このため株を浮かして植え付ける訳です。すなわちこの植え込み方法は、ポット内の根は主に水分や高湿度を得るためとし、植え込み材からはみ出た根が主に光合成を行うようにした仕組みとなります。

 一方、入荷には、十分に成長した30㎝以上にもなる根をもつ株が多く含まれます。こうした長い根の場合、ポット植えには長すぎて15㎝程度を残し、他は切り捨てなければなりません。新根ではなく、すでに表裏の機能が決まってしまった根をポット内に重ねて詰め込んでも、逆に光が遮られ、また気相が小さくなる逆効果で、多くの根はやがて腐ることになるため短くして植え付ける訳です。本サイトでは大量の根をもつ大株の根を切ることはしません。そのためポット植えは根の短い株だけとしています。根が多く長い株は3-4月、3-5本程の花茎を発生し、多輪花の見ごたえのある開花となるためです。根全体で光合成と水分補給の両方ができるようにするため、生きている根は切らず全ての根の表面は空気に接し、裏面は支持体に接触した自然様態に近い状態の植え付けを行います。これを可能にするのは一般にコルクかヘゴ板です。しかしBulb. kubahenseでも同じ問題ですが、縦長の長いヘゴ板は国内で市販されていないか、高価であり、100株近い植え込み材としてヘゴ板の利用は実践的ではありません。このため杉皮板を使用します。杉皮板に薄くミズゴケを敷き、その上に根が重ならないように広げてアルミ線で取り付けた状態が写真1です。杉皮板は10㎝ x 60cmです。この取付方法の問題は、根の表裏の機能が異なるため、杉皮板に取り付ける際は根の表裏を1本毎に揃える必要があることです。入荷した段階の根は絡まっており、これを解して表裏を揃え根を広げて固定することは癖のある根が多い中、取り付けにはかなりの作業時間が掛かります。一般的なポット植えに比べて10倍以上の、100株もあれば延べ50時間近くを要します。


写真1 Phal. honghenensis取り付け。根の表面が上になるように全ての根を揃えアルミ線で固定する。

 下写真はAphyllae亜属の杉皮板とミズゴケへの取り付け様態です。一度支持体から剥がされた入荷時の根は新しい支持体には活着はしません。活着するのは新たに発生する根だけとなります。新しい根や新葉が現れるまでの順化期間は2ヶ月を必要とします。入荷時の根はこの状態で2年程機能し、やがて新しい根に代わって行きます。その時は再び支持体を交換する時期でもあります。下写真のそれぞれの株の次の開花は、新しい根も加わって多輪花を期待しての来年3-4月頃となります。


順化中のAphyllae亜属

Phal. wilsonii

Phal. honghenensis

Phal. stobartiana sp (yellow)

順化中の胡蝶蘭Aphyllae亜属種II

 Aphyllae亜属の植え付けについては、今月の当初に記載しましたが、一般的には花後の、まだ葉が発生していない根だけの段階で行われます。この時期、植え付けが終わってから凡そ2週間程経つと、根元から芽が現れ始めます。海外からの入荷では僅かに新芽を付けた株も含まれるものの、梱包や搬送で折れていたり病気で黒く変色しているものが多く、こうした葉のほとんどは切り捨てます。植え付け後に新たな芽が出るかどうかがこれらの株の生死を分けます。

 下写真は左からそれぞれ、Phal. honghenensis、 Phal. stobartiana、Phal. wilsoniiです。それぞれが植え付けから4週間、3週間、2週間後の状態です。新芽が現れるまでの管理はかなり難しく順化技術としては中-上級レベルとなります。ちなみに胡蝶蘭原種の中で最上級はPhal. doweryensisと思います。最もやさしいのはPhal. amabilisでしょうか、夜間湿度が80%以上あればミズゴケの上に載せておくだけで新葉や根がでます。


Phal. honghenensis

Phal. stobartiana

Phal. wilsonii

 前回指摘したようにAphyllae亜属の根は機能の異なる裏表があり、順化中は裏面を乾燥させることが出来ないため、写真に示すように杉板と根の間にミズゴケを敷き、根の裏面をミズゴケに密着させることで乾燥を避け、常に湿った状態に保ちます。一方、この時期の温室では晴天の日には30℃を超える高温となるため、外の冷気を取り込むために換気扇が回り、湿度は60%以下となり杉皮板に薄くミズゴケを敷いただけでは数時間で乾燥してしまいます。この結果、5月に入ると晴天日は1日に2回の昼と夕方のかん水が必要になります。

 植え付けから2週間程で、根元からそれぞれの写真が示すように芽が現れます。芽は頂芯から発生するのですが、写真中央のPhal. stobartianaでは、その部分が枯れており、脇から新しい芽が発生しています。このように初芽の発生する茎元がダメージを受けても、これらの種には脇芽を発生する強い性質があります。本サイトの実績では100株中、新芽が出ないのは3-4株のみです。言い換えれば入荷時の根の状態が写真の様にしっかりしていれば歩留まりは95%以上となります。但しこれまでの説明のような植え込みを行った場合です。一方、5月では根の表面には午前中の3時間ほど輝度を与えます。本サイトの温室は遮光率70%の寒冷紗を使用しており、このため5月の晴天日では10時頃になってから寒冷紗を下ろします。寒冷紗が無い状態の温室はポリカ材の天井で30%程度の遮光率で、かなり明るい状態です。寒冷紗を下ろすタイミングは高温対策のため季節によって異なり、6月では9時、7-9月は8時としています。11月以降2月末までの期間は寒冷紗を用いないため遮光率は30%となります。つまり葉が無く根だけの状態であっても冬季周辺輝度は30%程度の遮光となります。

 上記の管理を70-80日続けることで順化は終了します。順化が終われば通常栽培となります。ミズゴケが1-2日乾燥しても問題はありません。3ヶ月で葉はほぼ最大サイズまでに成長し、また新しい根が複数伸長して活着を始めます。晩春から晩秋までは葉が2-4枚ほどと多数の根がある状態が続き、やがて冬から春は根だけの状態となります。開花は翌年の3-4月です。開花前年の夏から初冬まではひたすら養分を根に蓄えさせるための期間とも言えます。本サイトでは写真に示すように植え付けから2週間ほど経過して芽が動き出す頃に、肥料ケースを杉皮板上部に取り付け、有機固形肥料による施肥を始めます。この有無で成長は著しく異なります。現在はグリーンキングを使用していますが、即効性の化学肥料でなければ他の置き肥でも効果は変わらないと思います。

 初冬に温室内の温度が下がり始めると、葉が紅葉し落葉を始めます。栽培温度が高いと葉が残ることがあります。葉が付いたままの冬越しは花茎の発生が難しくなります。葉が落葉した後はやや水を控えます。葉が落ちたからと言って、暗い場所に置くのは良くありません。2月末頃(東京以北。東京以南では2月初旬))になれば、まだこの時期は根だけの状態ですが、輝度を高め、かん水も通常通り開始します。こうしたサイクルが上手くいけば、上写真の中央や右のような、幅広で緑色の多数の根が発生している筈で、2-3月には3-4本程の花茎が期待できます。葉が出始めるのは開花後です。室内温度が高いと開花前に葉が発生してしまうこともあります。この状態は良くありません。葉の成長に養分が取られ輪花数が減少するようです。

 初心者の方がPhal. braceanaやPhal. hainanensisを含め、上記のAphyllae種を栽培する場合は、葉がすでに発生して十分に成長した表裏をもつ根がある株を入手することが肝要です。この意味では晩秋から6月までは入手を控え、7月から10月までが購入期間となります。ポット植で植え込み材に根がほとんど埋もれている状態の株は購入を避けた方が無難です。購入時の活着の有無は重要ではなく、新たな支持材に植え付ける際、表裏を揃えて取り付けるか、ポット植えでは根の1/3は植え込み材から浮かすことです。難しい栽培であるからこそチャレンジしようと考えている方は、入手はいつでも良いのですが植え替え時期は4-5月に限ります。

 下写真はPhal. wilsoniiの実生で、フラスコ出しから4か月程経過したものです。販売目的の一時的な植え込みです。このような状態で購入した場合は、半透明プラスチックにバーク植えか、ヘゴ板等に植え替えが必要です。写真の様に根全体をミズゴケに植え込んだ状態では成長は冬季前までで、やがて枯れてしまいます。この点は葉を通年で保持し、下写真のような植え込みでも問題のないPhal. appendiculata、Phal. lobbii、Phal. parishiiなどと違います。本サイトでも、この種の栽培経験は十分積んているのですが、下写真のような植え込み環境からは2割程度しか開花までに至りません。おそらく初心者の方はまず成功しないと思います。実生は植え替え後から開花までに早くて2年、通常3年程かかります。その点では上写真の状態の株は見た目には下写真と比較して荒々しいですがすでに開花済みの株であり、翌年の初春には開花が期待できます。Phal. braceanaを始めこれらAphyllae種を栽培していて、どうしても開花に至らないという趣味家の多くは、冬季の栽培方法に問題があって、気温を約10 - 15℃(夜間)に2ヶ月(12月から1月)程度置くこと、その間、根には他の季節と変わらない輝度を与えることのいずれかが欠けていると思われます。逆にこうした環境が与えられなければ、この種の栽培は控えた方が賢明です。