野生株と実生株の違い

野生株と実生株につて

 原種愛好家はランを購入する場合、販売業者に対して、それが野生株なのか人工交配による実生株かを問うこともあろうかと思います。系統を守った交配が行われていればこのような質問は不要なのですが、実生から純正な原種名通りの特性が現れるのが現在のマーケット品では稀であるからです。

 株が野生株、すなわち原資(元親)は山採りであったものから栽培を通して増殖した株と、フラスコ内で育種された実生株とには大きな違いがあります。この違いは根の様態に現れます。実生と野生株の根の写真を示します。6枚の写真1が実生株、また7枚の写真2が野生株です。特徴は写真1の最上段左に示す主根(側根の軸となる中心の根)の先端部の形状と、多数の側根の並びの違いです。実生株であっても数年の間に数回の植え替えの都度、古い根が整理されていけば野生株と見分けがつかなくなりますが、販売を目論む場合、4-5年もかけて実生株を野生株に見せかけるために育種するとは考え難く、フラスコ出しから2-3年の実生株は写真1に見られるそれぞれの形態と見なして間違いありません。

 実生株のフラスコ内およびフラスコ出しから1年間程の根は、細く柔らかい主根から順次、側根を発生し成長します。やがてこの側根は伸長し太くなっていきますが、根もとの主根の伸長は止まったまま茎が伸びていきます。この結果、主根の先端部は写真1に示すように先端は枯れ黒ずみ、多数の側根が中心部から四方に伸びた密集した様態となります。やがて茎の伸長と共にその基部から新たに発生する側根は間隔も開き、植え付けの環境に依存した方向に伸長し疎らとなります。こうした特性からフラスコ培養苗には写真1の根の様態が形成されます。写真はPhal. equestris、Phal. aphrodie、Phal. lueddemanniana、Phal. schillerianaなどのすべて異なる種ですが、いずれも主根先端の周りの様態は胡蝶蘭原種すべてに共通しています。3年以上経過した株では、主根先端部に近い側根は古くなり枯れることが多いため、植え替え時には主根先端部を切断して古い根が取り除かれていきます。しかし写真1の最下段右写真のように先端をカットしても、幼苗時に形成された放射線状の根の広がりの様態は数年は留まります。また東南アジアからの多くの輸入株には、成長に伴ってポットサイズの変更が必要になると、この幼苗時の根を切る手間を省くため、それまでの植え込み材をそのままにミズゴケ等で覆い足して新しいポットに植え替えることが多く、幼苗時の根は残ったままが殆んどです。

写真1  実生株 主根先端部

 一方、野生株はいずれも支持体からの取り外しあるいは株分けが行われることで、上写真1のような側根の密な放射線状の拡がりはなく、疎らで不規則です。また取り外すには元親との接合部を切断しなければなりません。この結果、下写真に示すように主根の先端部分に相当する場所は直径2-3mmの太い切断面(赤矢印で示す)となります。高芽の場合には花茎の一部が残る様態も見られます。

 
写真2  野生株 主根(先端部)

 海外ラン園を訪問すると、トレーやポットに多数の、株サイズや葉が均一で外見上は実生株に見えても野生株である場合があります。その株を野生栽培株として購入したい品種である場合は、直ちに数株を選びポットから取り出し上記のような根の状態をチェックします。葉の形状が揃っていることから実生と見間違える苗が実際は野生株であったケースが下の写真です。写真はPhal. pulchra Leyteでサイズ、葉色も均一で病痕もなく一見、実生株に見えます。しかし、すべて主根部分に大きな切断面をもつ野生株でした。考えられることはクラスター株を1株毎に株分けしたものと思います。胡蝶蘭原種において、開花した花が同じようなパターンや色合いを持っていた場合は、クラスター以外の可能性はかなり低くメリクロンかシブリングクロスです。Phal. schillerianaを始めPhal. amabilisPhal. aphroditeのような白色のセパル・ペタルをもつ種であっても、全体として共通する様態はあるものの、葉色、サイズ、花形状、リップ側弁のパターンは個々に異なります。

Phal. pulchra Leyte 野生種

 以上のようにマーケット上の多くの株はそれが野生であるか実生株であるかは上記形態からで識別が可能ですが、不可能なケースもあります。それは4-5年以上経過し、古い根を整理しながら植え替えを2-3度したBS株、あるいは元親が実生で、その大株から高芽を得た株です。現実には、敢えて実生を野生と偽って販売するために、4-5年以上栽培したり、高芽を待つようなことはコスト上、考え難いと思われますが皆無とは言えません。よってこの識別法は写真2であれば100%野生種であると解釈するのではなく、写真1のような根の様態であった場合は100%野生種ではないという判断に有効となります。