病害虫と薬品 ランの病気は、現在薬品での対処ができないウイルス感染を除けば、細菌やカビ類、害虫、移植時の傷害、肥料過多や塩害、葉やけなどがあげられます。細菌やカビ病は主に温度、湿度、通風のそれぞれのバランスに、塩害は植え込み材、肥料、潅水方法に、また葉やけは照射輝度にそれぞれに起因します。胡蝶蘭は高温・多湿を好のむため病気の発生率が高く、対策として定期的な薬剤散布や、特に通風は必須となり、室内や温室では扇風機などで肌に弱く感じる程度の風を24時間休みなく送る必要があります。過剰な潅水を避け、適度な通風を行えば発病を低く抑えることができます。一方、ランの置かれる場所は常夏であるため、春から夏にかけて侵入した害虫は、四季に関らず繁殖します。温室やサンルーム等は1年を通して定期的な病害虫防除処理が必要です。胡蝶蘭が罹る主な病害虫を表1に示します。表の薬品は一部のみの表示であり、適用薬品は表以外にも多数市販されています。詳細は市販本を参照して下さい。
胡蝶蘭原種の病害虫のなかで頻度が高く厄介な病気は褐斑細菌病で、数ミリの淡褐色‐黒褐色の滲んだ斑点が出てから徐々に水浸状に広がり、数日で葉全体が溶けるように腐敗していきます。高温多湿となる梅雨時期にもっとも発生しやすくなります。パフィオによく見られる糸状菌の褐斑病と異なり、この病気は細菌性で、ベンレートやダコニール等の糸状菌の薬剤では効果がありません。症状を確認した場合は、直ちに部位をその周辺を含め切り取ります。 病気の部位をそのままに薬剤を塗る対処法を聞きますが、これまで部位を残して進行が止まった経験がありません。いずれにしても薬剤は病状を押えるか、予防効果のみで進行が止まっても病痕が元に戻ることはない以上、部位を残しても意味がありません。切り取った後の切り口には薬剤を塗ります。具体例として細菌性薬剤スターナをカビ系薬剤ダコニールで溶いた原液を小さなカップに入れて持ち歩き、小さな斑点が見つかれば筆でその箇所の葉の表裏にこれを塗ります。細菌・カビ両方に有効なナレート剤でも同じです。1週間後にもう一度塗布しますが、早期発見1-2mm程度であればこれで病気を押さえることができます。それ以上の大きさでは困難で、部位を切り取ります。 それぞれの病傷のなかでも植物が被害を受ける部位によって進行を止められる場合と、致命的な場合があります。葉先や葉の中央部に病班が出た場合は、その部位から十分離れた基部側あるいは周辺を切断します。緑葉を少しでも残したい心情から、患部ぎりぎりの所で切り取りたいのですが、これでは完全な菌の除去とはならず再発の危険性を残します。葉を表から強い光を当て、葉裏から透かして見ると、Fig.1の写真のように予想以上に病班の滲みの広がりが大きいことが分かります。思い切った切除が大切です。切断した箇所には、前述の殺菌剤を塗布します。 一方、株の頂芽が水侵状に侵され葉元が腐るように、あるいは黒くなって抜け落ちた場合、たとえ薬により病気の進行を止められても、芯の頂点から新しい芽が出る可能性はなく、わき芽を期待するしかありません。また頂芽以外の葉でも葉元が冒され主茎の一部まで病状が現れている場合も回復は困難です。この頂芽や主茎が侵される原因はバクテリア(細菌性)、カビ(疫病)あるいは幼虫の食害によるカビや細菌性の病気の誘引が一般に考えられます。頂芽に水浸状の滲みがあれば、前記同様に細菌用薬剤をダコニールで溶いたペースト状の原液を抜け落ちた個所に塗りつけます。また滲みがなく黒く腐敗している疫病の場合は、リドミルあるいはダコニールを用います。頂芽が落ちたものの、この処理で病気の進行が止まった場合は、わき芽が出て、これが成長するのを待ちます。それらが新しく開花可能な株になるまでには2−3年程度を必要とし、その間は花を期待することはできません。写真2は胡蝶蘭の代表的な病気です。 一方、輸入株の植え付けのページで海外からの入荷株については、検疫のために害虫防除処理が行われており、入荷時には防虫害処理を行わないと記載しましたが、薬剤散布程度で防除できる害虫であればそれで良いのですが、2009年に入ってインドネシアとフィリピンからの入荷株に問題がでました。現象としては入荷後すぐ、あるいは数週間で頂芽を含む新葉が黄変して抜け落ちるものです。前記同様に主茎の先端は黒変し腐敗しています。しばらくすると全ての葉は落ち、黒くなった芯だけが残っている状態となります。葉が落ちても根が後述の疫病と異なり黒変していないことが特徴です。当初はカビ系の病気と思っていましたが、たまたま黒変した部分の茎を割いてみたところ、2mmほどのウジが潜んでおり、これが原因であることが分かりました。ハモグリバエの一種と思われます。なぜこの虫が入荷後の侵入ではないと判断したかですが、2009年4月入荷の株の中にも、到着直後(翌日)の取り付け時点で、葉が取れてしまった株から同様の幼虫が見つかったからです。主茎の芯の内部に潜むことと、頂芽が下垂する状態で栽培しているため、殺虫剤が及ばなく生きたまま入荷したものと思われます。一つはインドネシアからのP. amabilis f. javaで、他はフィリピンからのP. lueddemannianaです。すでに主茎の芯に潜んでしまった後では対処が困難です。このように入荷後短期間で葉が抜けて主茎の先端が黒変し廃棄せざるを得なくなった株は害虫の可能性も有るものとして室内に放置するのではなく、焼却すべきと思われます。 間違い易いのはAphyllae亜属(P. braceana, wilsonii, minusなど)や、 Parishianae亜属(lobbii, gibbosaなど)では、晩秋から冬季に向かってすべての葉が落葉することがあり、これを病気で枯れてしまったと思い棄ててしまうことです。これらは自然環境において乾季には落葉する種であり、根が固ければ生きており、春には再び葉が発生します。温室栽培では落葉の頻度は少ないものの、時として1年近く根だけの状態(筆者温室での最長記録は1.5年)を続けることがあります。固く緑色の根が少しでも残っていれば、そのまま通常の頻度で潅水をすることです(おそらく冬季の数ヶ月間は潅水を控えめにし、その後通常の潅水をするのが一番適しているのかも知れません)。また根に十分な照明を与えないと、いつまでも葉は発生しません。このことがこれらの種がミズゴケのように根を隠してしまう植え込みでは育成できないとする背景と考えられます。芽を出す方法として冬を10C程度の低温に3か月程度、乾燥気味に置くか、春先に自然に任せるのではなく、強制的に10-20ppmのBA(ベンジルアデニン)を2日置きに3‐4回散布することでも芽が出ることがあります。 植物は病気を止めることはできますが、治癒(病痕の再生)はできないため、予防が第一であり、定期的に複数の薬剤をローテーションして散布することが必要です。冬は薬剤散布を必要としないと書かれた入門書がありますが、温室やサンルームの中は常に高温・高湿であり、病原菌や害虫は休眠することはなく真冬でも薬剤散布は必要です。季節の違いは散布の頻度が1/2(1-2ヶ月に1回)程度となることだけです。またこの際、予防と治療薬とを認識して散布する必要があると言われます。大半の薬は予防と治療の両効果を持っていますが、治療効果の少ないものがあり、病気がすでに発生している場合は治療薬を使用しなければなりません。 この章では病気判断や薬について解説するのではなく、2,3の経験事例を取上げます。病気の判断や予防の詳細については、参考資料のページに取り上げたような病害虫防除の専門書を1冊は手元に置かれることを薦めます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
細菌・カビ病 胡蝶蘭に発生する細菌(バクテリア)や糸状菌(カビ)による代表的は病気は、前者が褐斑細菌病、後者が黒褐色の疫病や炭そ病です。また近年は交配種に葉元が赤みを帯びて落葉するフザリウム感染と思われる株がしばしば見られます。古い葉ではなく若い葉が黄変するのもこの病気の可能性が高いと言われます。この病気は原種では殆んどみられません。ネット上の初心者向け栽培相談ページで、病気についてのQ&Aがあり、その質問の中で明らかにフザリウムと思われる症状がしばしば見られます。この病気が1-2株程度しか栽培していない初心者側の原因で起こることは考えられず、出荷時点ですでに病原菌をもっていたと見なすべきで、回答者がラン販売者である場合は、責任が販売者側にあるとは言いにくいこともあり回答を曖昧にしている状況が伺われます。伝染力の強いフザリウムがでたラン園からは、余程の病害防除の知識のあるベテランでなければ、しばらくはそのラン園からの購入は控えた方が無難です。これはウイルス病に関しても同様です。原種に関しての病気は主に輸入直後か、移植後1ヶ月以内に発症するものが多いことが特徴です。これは環境の変化に対応する順化期間であり、株が弱っていることで病気に感染する可能性が高くなるのではないか思われます。また季節では梅雨期(7月)の高温・多湿時が多くなります。後述するように定期的な薬剤散布を実施していれば発生は稀です。薬剤散布をしているにも関わらず病気が出た場合は通風、潅水(葉焼けは置き場所)を再検討し、環境を改善する必要があります。 発病した場合は細菌性か糸状菌によるものか対応する薬品が異なるため、その判断が重要です。この判断ミスは病状を進行させ手遅れともなります。水侵状の斑点やシミは細菌性と見なし切除し、糸状菌の薬品(原液あるいは粉)を水やダコニールでペースト状に練ったものを塗布します。原液はあくまで病班部にのみ塗布するのであって、定期的な予防処置には規定希釈の散布でなければなりません。病班部になぜ規定希釈ではなく原液を塗布するかは明確なデータはありません。原液は過剰であり、規定希釈でも問題はないと思われます。薬品の説明に「予防には有効であるが治癒にはあまり効果がない」とか「耐性ができている」などのコメントから濃度を高めればよいのではないかという精神的なものであるかも知れません。いずれにしても株の一部の塗布程度では枯れることがないために行っているというのが実状です。 写真2-2は小さなカップに粉末のマイコシールド(左端写真)やスターナに水和剤ダコニールを加え(中央)、ペースト状に、文房具店で売られている普通の絵具用の筆で練ったものです。ナレートのように粉末の場合は水かダコニールで溶きます。(園芸薬品で最も一般的なベンレートは細菌性の病気には効果がありません)。
2009年、輸入2週間程度で茎の基部や葉元が黒変し、やがて頂芽の付け根部分が腐敗して葉が葉元から抜ける病気が特にP. equestrisやPhal. amabilis系に多発しました。写真2-3にこの症状を示します。写真右端に示すように抜け落ちた段階でも葉の大半が緑色であるため、ミズゴケなどで株を根元まで植えつけている場合は根元の黒変が分からず、葉が黄変した時は手おくれとなる症状です。抜けた頂芽の基部が数mmから1cm程度黒く腐っており、また根もほとんどが黒変しています。軟腐病のような匂いはありません。疫病の1種と思われます。下写真の症状は規定希釈のリドミルに10分ほど浸け、その後ダコニール原液を筆で根元に塗ります。ベンレートやトップジンMに対しては耐菌性があるか、適用範囲外なのか効果が見られません。すでに発病している場合は、やや高濃度な希釈処理としますが茎の芯が腐敗していない限り(1本でも根冠が緑色の根がある場合)、これで病気の進行が止まることを確認しており薬害の印象もありません。1週間程度過ぎた後にもう一度同じ処理を行い、後は様子を見て進行が止まっているようであれば定期的な薬剤散布に切り替えます。 フラスコ出し苗は、タチガレエースとバリダシンあるいはロブラールとストレプトマイシン系の抗生物質の2薬混合液に数分浸した後、植え付けを行いますが、数週間から1-2か月育成後に発生する病気は大別して2種類あり、葉先から枯れ始める症状か、葉元が水浸状となり次々と葉が脱落する症状です。後者は1年程度経過後にも苗全体がこの症状に陥ることもあります。葉先が変色あるいは枯れる症状は、炭そ病の薬品(ダコニールを葉先に塗るなど)で対応できますが、後者の症状の多くは立ち枯れ病や疫病ではないかと思われます。水浸状であることから細菌性の病気と思い、ストレプトマイシンやスターナのような細菌に対応する薬品を用いても、抑えることができないので深刻です。またベンレートやトップジンMも効果に疑問をもっています。これまでの経験では、フラスコ出し時の薬品(タチガレエースとバリダシン)を再度コンポストを含めた全体に注入する(葉に散布するだけでなく、植え込み材全体に注ぐ)ことで進行が止まっており、立ち枯れ病の可能性が高く感じられます。 一方、数年間温室を使用していると、建設時に比べ病気の発生率が高いように思えることがあります。年間を通しランを購入していれば新しい菌が持ち込まれることもあり、またある程度耐性ができた菌が蔓延していることも考えられます。さらにランへの薬剤散布のみでは温室のいたる所に薬剤が届かないむらが生じます。本サイトではこれまで温室全体の殺菌は、春秋にそれぞれ1回、換気ができる日に適度に希釈したピューラックスを、床、ベンチ、温室の壁およびカーテン(サニーコート)に散布殺菌していました。しかし鉢数が増え、温室が込み入ってきたため、今年から年に一度、2週間の間をおいて2度予防対策として、普段は使用しないリドミル(疫病系)、スターナ(細菌系)およびキャプタン(カビ系)の規定希釈の混合液を温室全体に散布することにしました。海外でしばしば使用されている有機銅剤であればカビと細菌の両方に有効であり1種類でよいと思われます。前記混合液を約5x15mの温室でラン、コンポストをはじめベンチ、床および壁全体で100リットル相当量を散布します。植物をすべて外に出し、温室全体を消毒できるのであればウイルス予防を含めて次亜塩素酸(ピューラックスなど)を散布する方法(但しピューラックス使用時は酸化が生じるため1時間程度後に水で流す)が最も良いと思いますが、1、000株ほどあると移動ができないためです。 | |||||||||||||||
害虫 ハダニ:胡蝶蘭にとって最も多い被害はハダニです。室外の最低温度が15℃を超え室外栽培をする場合、主に植木等から風で落下したダニがランに移動・寄生するものです。室内に戻した後、一気に葉裏で繁殖し吸汁します。この被害に遭うと葉の表面の葉緑素が退色し,葉表は薄い黄緑色となります。葉裏は写真3-1左に示すように葉肉が凹み褐色化し、やがて黒い斑模様となります。通常はこの変化で気付くのですが、すでにこの段階では周辺の株にも移動していると考えて、防除としては変色した株だけでなく周辺全体に表1の殺ダニ剤を散布します。 室外栽培を行わない場合でもダニの被害が発生します。作業する際の衣服に付着していたもの、あるいは昆虫等による侵入経路が考えられます。 一方、2013年から2014年にかけて写真3-2に示すように葉の一部が黒変して欠落する病状が観測されました。下記のマイマイの被害と似ていますが写真3-1とは症状が異なり、軟腐病のような滲みがなく、炭そ病のように見えることからベンレートやダコニールで対処したのですが拡散を防ぐことができません。葉裏の病部には微小な白点が僅かに見られます。この白点を拡大したものが右の映像で糸(綿)状の塊となっています。さらに20倍以上の拡大鏡で白点部を観察するとダニと共に長楕円形の卵らしきものが綿の中に含まれています。
殺ダニ剤は卵には有効でない製品もあり、この場合、凡そ10日後には再度散布する必要があります。この被害も多発すると葉を切断して対応するため美観を著しく損ねます。 ナメクジ・マイマイ: ベランダや室内栽培ではほとんど発生しないのですが、庭や土床の温室での栽培ではナメクジやマイマイによる被害は最も可能性の高い被害であろうかと思います。ナメクジは主に新根や花を、マイマイは新芽を食害します。食害だけであれば株自体が枯れることはありませんが、深刻な問題は、これら害虫は軟腐病など細菌性の病気を感染させることです。頂芽にこの病気が発生すれば単茎性の胡蝶蘭は高い確率で枯死します。 写真3-2はマイマイによる被害です。写真に示すように、複数の小さな黒い点が離散的に現れ、その周りが水浸状に滲んでいます。この水浸状部分は細菌性の病気に感染したことを示しています。このまま放置するとそれぞれの部位が拡大し、やがて腐って落ちます。一般的なカビや細菌性の病気と違う点は、初期段階においては写真のような複数の斑点様態であることで、カビや細菌による症状では水浸状模様を伴う黒点が離散的に同時多発することはありません。ナメクジ被害も同様な症状と思われます。 マイマイは鉢内で繁殖するため大量発生すると極めて厄介です。この場合は、葉、鉢、ベンチ全体にかかる液体散布以外対処方法はありません。 写真に示すような水浸状の症状が現れているは場合、躊躇しないで斑点のない葉元近くで切り落とすことが必要です。すでに写真のような滲みが出ていては、細菌性の薬の塗布(原液であっても)では進行を止めることは難しいと思います。葉を切り落とすことで苗としての見た目は良くなくなりますが、葉は伸長しますし、新しい葉もやがて現れるため切り落としが最善です。 ナメクジやマイマイ対策用のスプレー式薬剤が販売されていますが、植物に直接かけて良いものと、間違いなく枯れてしまうものがあります。人体や家畜に影響がないとされる薬剤の中にも、このような植物には致命的なものがありますので注意が必要です。本サイトではマイキラーを使用していますが、この薬剤は一般販売品ではなく購入時には本人確認が求められます。 ゾウムシ等の小昆虫: 2013年秋、頂芽の生え際付近が黒変化し、頂芽がスッポリと抜け落ちる症状が多発しました。単茎性の胡蝶蘭にとって頂芽のダメージは致命的です。主茎先端を食害する3-4㎜ほどの幼虫によるものです。今回被害のあった株からこの虫をピンセットでツマミだしマクロレンズで撮影した写真が下記です。 写真はPhal. bellinaで左が主茎の頂芽の部分です。葉はすべて取っています。写真からは芯が黒変しているものの根自体はダメージを受けておらず新根もあり、この点が疫病とは異なります。芯の黒くなった部分は幼虫のフンも混じっていると思います。また中央写真は葉元が食害されて欠損し、その周りが黒く変色しており、写真中央左の葉に孵化幼虫の侵入跡のような傷穴があります。 細菌やカビによる病気とは異なり害虫の被害は、早期駆除ができれば頂芽の根元だけが齧られ、茎の芯深くまで失われていることが少ないため病害対策として細菌とカビに有効な殺菌剤を塗布してやや薄暗い場所に置き、そのまま栽培を続ければ、脇芽による再生の可能性があります。写真3-5は頂芽を無くした株の再生を示し、上段左が被害時、右が2か月半後、さらに下段左がその5か月後で、右は通常の栽培角度からの撮影です。実生からの栽培と異なり、こうした被害からの成長はかなり早く1年後には花をつけるサイズになると思います。 Fig. 3-5 頂芽被害株の再生
カイガラムシ: カイガラムシも室外栽培でしばしば見られる害虫です。カトレアやパフィオほどではありませんが、胡蝶蘭原種にも時折被害を及ぼします。対処法は一般的なマニアル通りですが、単茎性の胡蝶蘭の場合、頂芽が被害に遭うと再生が難しくなるため室外栽培をした株は頂芽の葉元をよく観察する必要があります。 その他: 被害を与えるか不明ですが、子バエが異常発生したことがあります。1mmほどのウジ虫がバスケットのミズゴケ、ミックスコンポストさらにはヘゴ板内部にまで繁殖し、当初は蝿採りテープを何本も吊るして成虫を捕っていましたが、これで全てが居なくなるわけも無く悩んでいました。ネットで調べたところ、キンチョウ・リキッド(アースノーマットも同じ)が効くという記事があり1日24時間2‐3日試してみたところ、効果はてき面で一気に減少。冬の間も含め数か月続けたところ壊滅することができました。気化した薬のランへの影響は胡蝶蘭、パフィオ、カトレア、バンダいずれにもありません。現在も使用しています。 スプレー式の蚊・蝿殺虫剤は、植物に直接かけないようにとの使用上の注意書きがありますが、多少葉にかかっても今日まで胡蝶蘭が薬害を受けた経験はありません。但し他のラン属では未確認です。 | |||||||||||||||||
生理傷害 胡蝶蘭の中には時折、成長が芳しくないものが出ます。初心者にとっては、ほとんどが多潅水による根腐れによるものですが、まれに根腐れでないにも関わらず購入時の株サイズから古い葉が順次落ち、徐々に小さくなるばかりのものも出ます。また根がでるものの、すぐに根冠が縮れたり、茶変し、一向に長く伸びないこともあります。全体で成長が遅ければ不適正なコンポストや施肥あるいは風通しなどによる生理的な原因が考えられ、新しい環境(植え替えを含め)に変える必要があります。また同一種で、1-2株だけが成長不良の場合は先天的に弱体なものの可能性があります。この現象は実生苗にしばしば見られます。いずれの場合もそのままではやがて枯死に至るか、いつまでたっても開花しない状態が続きます。対応としては、とりあえずコンポストを変更します(コンポストを新しくするのではなく、ミズゴケからヘゴチップやバークへあるいはミックスコンポストからコルクやヘゴ板へなど基材を変える)。この際、ベンレートやロブラール等で殺菌剤をスプレーしてから植えつけます。初期の頃、かなりの数の胡蝶蘭がこのような変更によって成長が変わったことがあります。例えばP. kunstleri, P. sanderiana, P. maculataはセラミックバークミックスコンポストでは成長が鈍く、コルクやクリプトモスに変えたところ、ゆっくりではあるものの根張りや新葉が出るようになりました。これらは本来が栽培の難しい種ですが、多くの原因は栽培者の潅水や施肥の習慣に対してコンポストが合わなかったのではないかと考えられます。どの種がどのコンポストに適するかは「原種58種それぞれの生息地域、特徴、栽培法、価格」のページを参照してください。 一方、購入して植え付けた後、元気が良く新しい葉を出していた株が1-2年後に新芽を出さなくなるか、やがて古い葉が元気がなくなり皺ができるようになる場合は、コンポストの酸化やコンポストに蓄積された塩障害の可能性が高く、多くの根が干からびたり黒ずんでいます。このような場合は季節を問わず直ちに鉢から出し、根を整理して新しいコンポストに入れ替えます。このような問題はミズゴケやクリプトモスでしばしば見られます。コンポスト交換が早ければ早いほど回復が早くなります。 | ||
ウイルス 細菌やカビ病は症状がよほど進行していないか、頂芽の付け根が被病していない限り薬品で対処できますが、ウイルスは一度感染すると治療はできないとされる伝染病であり、それだけに栽培者にとっての脅威となります。趣味家にとってのウイルス病被害は、まずウイルスに罹った株を外部から入手したことをきっかけに、やがて栽培を通して他の株に伝染し広がってゆくプロセスと思われます。厄介なことにウイルスはアブラムシ、ダニあるいはアザミウマという一般的な害虫により伝搬され、また移植や日常の手入れの際に用いる器具や手、あるいは潅水の際のコンポストを通して垂れた水からも伝染します。このため前記害虫防除は重要で、これら害虫の繁殖期には月2回程の薬剤散布は欠かせませんし、また移植や手入れの器具は、株ごとに火炎殺菌あるいは対ウイルス剤(レイテミンや第三リン酸ソーダ)などの洗浄が必須となります。深刻な問題は、はっきりとウイルス被病であることが分かれば直ちにその株を隔離あるいは廃棄できますが、症状が明確に現れる前にすでに多くの株に伝染している可能性があることです。ウイルスに感染していても健康な株には明確な症状が現れず、開花あるいは何らかの原因で株が弱ったときにはじめて症状が現れるものがあり、その時は多くの他の株に伝染した後という事態もあり得ます。 この被害を最小限に抑えるには前述の防虫や移植時の取扱いなどと並んで、症状の早期発見と株の隔離しかなく、数百は無論、数十の鉢を所有する趣味家であればウイルスに関する知識を書籍からでも得ておくことが必要です。 胡蝶蘭のウイルス病は、緑色の葉の所々が退緑色となり、これがモザイク状あるいはリング状の斑紋となって現れたり、退緑色の部分の葉肉が凹んだりしている場合はほぼ間違いなくウイルス病であり、例えそれが貴重な種であっても不運とあきらめ直ちに廃棄する必要があります。難しいのは緑色と退緑色がまだらに分布していても、単なる生理障害や一般的な落葉の前の衰弱したときの症状(皺)であったり、またウイルスによる壊疽(えそ)と褐斑病の症状の区別が目視だけでは困難な場合もあります。壊疽(葉肉の一部が退緑色、茶褐色、あるいは黒変して凹んでいる)症状はないものの、葉色がまだらである場合には、その株は一旦隔離し、しばらく症状を見ることが必要となります。 また疑わしき株は廃棄する前にウイルスキット(参考資料のページを参照)で診断することも有効です。現在(2008-9年)の時点で1検体のテストあたり500円の試薬代がかかりますので手持ちの全てのランをテストする訳には行きませんが、高価な種であればその価値はあると思います。目視では疑わしき症状であるにもかかわらず、テストではウイルスが検出(CyMVやORSV)されなかったとしても、検出能力は感染濃度に依存し、100%安全とは言えないとのことであり、いずれにしても1-2年間は花や新葉に異常がないことが分かるまで隔離した方が良いと思われます。言い換えれば陽性と出たものを取り除くための検査と考えれば良いことになります。経験ではUSAから入荷した胡蝶蘭原種の数種にウイルスを検出したことがあります。これは輸入元の栽培過程で感染したものと思われます。 しばしば貰いものの交配種胡蝶蘭で、花が終わって弱っている株を持って来られ、その後どのように栽培したらよいのかと相談を受けることがありますが、経験では弱って萎れた株には半数以上にカビ病やウイルスと思われる壊疽病が見られます。リング状斑紋もしばしばです。この数は深刻で、どの段階で感染したかは不明ですが、このような株を温室やサンルームに入れることは極めて危険であり、このようになってしまった株は残念ながら廃棄を勧めています。市販の交配種胡蝶蘭の場合、移植後1年程度はそれまでの株とは隔離して栽培し、ウイルス症状のないことを確認するか、前記のウイルスキットによるテストをしてから一緒にすべきと考えます。具体的な栽培での留意点はTopページメニューの参考資料に記載した本の内容を参照ください。 | ||||
防除法 相当数の株を密集して栽培している場合、薬剤散布は5-10月の期間は月1-2回、11月‐4月は月1回(温室の場合)行います。殺菌殺虫剤は下記のそれぞれを組み合わせ(細菌、糸状菌、殺虫剤のそれぞれから1種づつを選び、混合します)、2ヶ月のローテーション(月2回として4回分はストレプトマイシン系を除き、同一薬剤を使用しない)で規定希釈の散布をします。一般室内栽培では春と秋の2回程度となります。特に夏季に室外に出して栽培していた場合は室内への取り込み前に防虫用薬剤散布は必須となります。同じ薬を連続して撒くことはありません。また気温が下がる夕方に散布します。薬剤には予防と治療あるいはその両方に有効なものがあります。治療専用は抗生物質系を除いてほとんどなく、大半の薬剤は予防と治療を兼ねていますが、予防薬で病班部の塗布を行っても治療効果は期待できませんので注意が必要です。これらの使い分けは商品ラベルの記載事項をチェックします。 1.殺菌剤 細菌性(バクテリア)殺菌剤: ストレプトマイシン系、ビスダイセン、スターナなど 糸状菌(カビ)殺菌剤: ロブラール、ベルクート、トリフミン、トップジンM、ダコニールなど 疫病: ダコニール、リドミル 2.殺虫剤 一般用: アクテリック、オルトラン、テルスターなど 殺ダニ剤: オサダン、ニッソラン、コロマイト 3.温室内消毒 ピューラックス(適度に希釈して年2-3回。植物には撒けません。換気ができる日を選んで行うので5-10月の間) 4.フラスコ出し苗 タチガレエースとバリダシンあるいはロブラールとストレプトマイシン系 ランを適用植物とした薬剤はほとんどありませんが、上記薬剤の規程希釈での使用に関しては、株の大小にかかわりなく、薬害を受けた経験はありません。一度、誤ってビスダイセンを数倍の濃度で、フラスコから出したばかりのC. trianeiに散布したことがありましたが、このときは新葉の一部が白く変色し、その後の成長に影響を与えました。 またカビ系と細菌系の薬剤を混合する場合、カビ系薬剤を先に水に溶解し、その後に細菌系を溶かす必要があります。ダコニールのような薬剤の場合、後にすると凝固し溶解しなくなります。 フラスコ苗出しの際の薬剤散布については、フラスコ毎に規程希釈のタチガレエースとバリダシン(あるいはマイシン系とロブラール)を混ぜたものに苗を5分間程まとめて漬けます。苗出し後の最重要課題は通風(そよ風)に注意を払うことです。別の言い方をすれば、薬剤処理や通風の環境を設けることが無理な場合、フラスコ苗を購入すべきではありません。葉元が水浸状となる細菌性あるいは葉先枯れの病気で全滅すること必定です。胡蝶蘭はPaphiopedilum (SanderianumやRothchildianum)などと比べれば、フラスコ出し後の苗の育成は容易ですが、細菌性の病気の危険性は常にあり、フラスコ出しから6ヶ月程度経過し、葉が固くなるまでは慎重な管理が必要です。 植え替え時の病害防除 植え替え時にはかなり多くの根を切除することがあります。この結果高い頻度ではないものの植え込み後の根の腐敗がしばしば見られます。この対応としてはフラスコ出し苗と同じ規程希釈のタチガレエースとバリダシン混合液に数十分間浸けた後に取り出して根についた水滴が無くなるまで空気に晒し、その後に植え込みを行います。再発対処法 被病した部位を切除し、薬剤を塗布しても数日後に再度病気が切除周辺から再発することが、特に細菌性の病気(水浸状の症状)にしばしば見られます。また一度被病してしまった株は別の葉にも同じく再発する頻度が高くなることもあります。切除範囲が不十分であったか、薬剤選択が適切でなかったかなどの原因が考えられますが、再発も早期発見であれば良いのですが二度三度と続くと株全体に菌が回ってしまったかのようで再生は絶望的となります。これを防ぐには1-2週間後に再度切除箇所に同じ薬剤を重ね塗りをすることが予防・治療薬に関わらず有効です。原液に近い薬剤を一回患部に塗り、後は成り行き任せの対処法では安心できません。温室等において病気の発生頻度が高くなった場合も1-2週間間隔で複数回の散布(3回まで)が顕著に効果が現れます。可能であれば2回目は異なる薬剤が良いかも知れませんが薬害の恐れもあるため相当の知識・経験が無いと難しく、耐カビと細菌性の混合薬剤であれば同一使用で十分です。本サイトでは細菌性の病気が目立つ場合、1週間おいて2回行っています。最後に、薬剤に人体が直接触れることは当然危険です。アツモリソウの市販栽培書のなかに、植え替えで古い黒くなった根を切り捨てる際、切り口にベンレートの粉を指で直接塗っている写真解説を見たことがあります。本サイトでは一度それを行い、手がひどい発疹状態になったことがあります。散布時はレインコートなどを着用し、ゴムやビニールの手袋とマスクをし、散布後にはうがいやシャワーを浴びることは必須です。燻蒸タイプの薬剤(散布後の匂いが強いもの)を散布した場合は、しばらくは温室やサンルームなどには入ることを避けるべきです。アレルギー体質の人もいることから、間違えば病院へということにもなりかねません。また住宅内では薬品散布は使用できません。本サイトでは農薬散布用マスクとレインコート、長靴などを身に着け、それなりに気を配って散布している今日でも、散布後は喉がいがらっぽくなり、軽い頭痛がすることがしばしばあります。 | ||