温度と湿度 2007年NHKの番組プラネットアースの中で、俳優故緒方拳氏はボルネオ島の熱帯雨林を歩きながら、ここはまるで蒸し風呂のようだと述べ、またクレーンで林冠に上がったときは、大変涼しくて気持ちが良いと語っていました。胡蝶蘭の多くが生息する熱帯雨林帯では、地図上は同じ地点でありながら地表と林冠の30mの高さの違いで、それほどに異なる環境が造りだされています。また一方で、タイ、中国雲南からヒマラヤに至る落葉季節林や、海抜2,000m以上の山岳地にも僅かながら胡蝶蘭は生息し、冬季には10C以下になる地域もあります。この多様な環境に適応して東南アジア全体で50種を超える胡蝶蘭が生息しています。胡蝶蘭栽培には温度、湿度、潅水、施肥および通風の5つの要素があり、これらの管理が生育の良し悪しを決めます。潅水はコンポスト(植込み材)や鉢の材質とサイズに影響を受けるだけでなく、季節ごとの気温や湿度とも関係し、さらにコンポストは経年変化(劣化)が伴います。今日では多くの栽培法を市販の書籍やWebsiteで学ぶことができますが、多くは一般の店頭で販売されている交配種に関する栽培例や研究情報であり、原種それぞれに関しての情報はほとんどありません。よって趣味家にとっては前記5つの栽培要素の試行錯誤を通して、株の健康状態を観察しながら、より良い環境を構築してゆくことが、これまでの対応策となっていました。 国内においては5要素の内、温度管理は初夏から初秋までの期間を除けば暖房装置で対応でき、また肥料は定められた規定の希釈と間隔で施行することで問題ありません。これに対して湿度(高湿度化)は、周りの環境に及ぼす影響もあって独立した温室があれば兎も角、温度設定のようには簡単に管理できません。胡蝶蘭はCAM型植物であることから、夜間の湿度(厳密にはCO2を含め)の維持が非常に重要となります。 晩春に暖房を止めたものの夜間はまだ寒く温室を閉める時期、あるいは初秋にそれまで開放していた窓を夜間に閉める頃、しばらくして胡蝶蘭の葉や根が見違えるほど状態(新芽、葉や根の張りや伸長の変化)が良くなることがあります。これは温室の昼夜の適度な温度差と、夜間の湿度上昇の結果と思われます。また高湿度の温室では深夜の胡蝶蘭の葉は呼吸が活発になり昼間とは違った驚くほど艶々とした色合いに変わります。夜間の湿度が 60%以下で高温(25C以上の熱帯夜)の状態や、15C以下の低温が長く続くと、多くの種で成長が阻害されたり、やがて枯れ始めるものがでます。 4月から9月末までは昼間は32C以下、昼夜の差で8-10C程度、夜間湿度は80%以上、一方冬季では最低温度は15Cできれば18C、昼間の温度は25C前後、湿度は60%以上が好ましいと思われます。例外種として花茎発生に低温が必要なAphyllae節は、冬季最低温度を10C前後で2か月以上続けなければなりません。しかし、このような条件を四季のある日本で周年、人工的に作ることは極めて困難です。この環境を得るには、関東以南では温室に暖房だけでなく冷房システムの設置が必要となります。また冬季に温室内を18Cまで上げれば結露して湿度が下がり加湿器が必要となります。一方、夏季に夜間の温度を下げようとして温室の窓を開放すれば、日本の多くの地域で湿度は50-60%であり、雨天でもない限り80%以上には届きません。そこで窓を閉めて冷房を行えば、これもまた温度は下がるものの湿度も同時に下がってしまいます。何としても最適条件を満たそうとすれば、設備費や年間の維持費は蘭の購入費を上回る結果にもなりかねません。 趣味家が自分で実生化難易度の高い野生種同士を交配して種子を得ようとするのであれば、可能な限り生息環境に近づける工夫もまた必要かも知れません。しかし一般的な生育と開花を目的とするのであれば、野生種と言えども生息環境の許容範囲は広く、胡蝶蘭は他の蘭と比較しても栽培が決して難しい種ではありません。野外の夜間の最低温度が15C以上となれば室外で栽培ができますし、冬は最低温度に注意すればほとんどの野生種は育ちます。胡蝶蘭の栽培が最も難しいといわれるのは、冬季の最低温度を18Cに保ち、夜間の湿度を可能な限り高く保つ条件が背景にあるようです。しかし気密保温性の高い近年の住宅にあっては、冬季夜間の温度を就寝時に15C程度に室内エアコンを設定し、夏季の外出時には冷房設定温度を32Cとすれば、エアコンの大半の時間は停止か送風状態となり光熱費は僅かで済みます。また加湿器を利用して人にとっての快適な湿度の上限60%に保湿できれば、胡蝶蘭としては、まだ湿度不足ではあるもののリビングなど1部屋全体が1年を通して温室に変わります。 夜間の湿度不足を補う目的で、鉢のコンポストや鉢受けに水を与えることは逆効果です。必要な湿度とは根に与える水分ではなく、夜間、葉が呼吸をするため気孔を開くことで蒸散する水分を押さえることであり、これには空中湿度を高めることが必要となります。低湿度の室内においてコンポストや鉢受けからの水蒸気で、この環境を作り出すことは到底無理で、むしろそのために根が水浸し状態となれば根腐れが生じてしまいます。 表1には好ましい温湿環境を示します。表以外の季節はそれぞれの中間値となります。
温室(あるいはサンルーム)のある場合は、高湿度化の方法としてエアレーションのある水槽などを置いて自然蒸発を活発にします。また東京以南の夏は夜間温度をできるだけ低く(25C以下)抑えるために人工芝などを敷き夕方に散水します。しかし多くの株で込み入った密度の高い温室等であれば窓を閉めることで、それぞれの鉢からの水分の蒸散で自然に湿度が80%以上になり安定します。夏季の温室や室外栽培で昼間32Cを超える場合は、可能であれば温室全体や周辺に散水(散水直後は32Cから27C程度に下がる)し、温度低下を図ります。通風はどのような場合であっても重要です。 一方、冬季の温室や、室外から早秋に取り込んだ室内では晴天で25C、雨天で20C、夜間は18Cにできれば理想的となります。これでほぼ8割がた(aphyllae属は冬季10C程度が必要)の野性種が育成できます。冬季の最低温度を18Cとしているため高温栽培のポリアンサ(多花)系Paphiopedilumやバンダとは相性がよい環境となり、胡蝶蘭以外にも何か育成したいと考える趣味家には良いと思います。 温室がないものの室内栽培で鉢数が多くなってしまった場合には、前記したように室内のエアコンと加湿器による環境つくりが必要で、この場合もしワーディアンケースがあれば、胡蝶蘭の中でも栽培難易度の高い種に対して夜間の湿度を80%以上確保するための専用ケースとして利用できます。ワーデイアンケース自体も市販のガラス壁の製品ではなく、スチールラック(あるいはグリーンハウスやランハウス)とそのためのコート、プレートヒータ、加湿器また内気扇が単品として販売されており、これらを組み合わせれば安価に高レベルの室内温室ができます。 胡蝶蘭野生種にとって気温の変化は花茎を発生させるために必須の条件です。野生種も交配種と同様に、昼間25C、夜間18C前後が1.5-2か月程続くと多くの種で花茎を発生します。また昼夜の温度差も重要で、筆者の経験では昼夜の温度差が花序の発生に最も影響を与えたのは人気の高いP.violaceaです。。高気密マンションの室内飼育では、昼夜の温度差は通年5C程度、湿度は30-40%程度と思われます。葉は毎年2枚程発芽しBSサイズでしたが、花芽が出ても花を着けることは滅多にありませんでした。しかし温室に移し、昼夜の温度差が10C前後となり夜間を高湿度にしたところ、それまでとは打って変わって次々と花を付けるようになりました。その後、相当数のP.violaceaを栽培しましたがやはり同様な様態で、夜間高湿度と適度な温度差(但し10C以上は逆効果で蕾が落ち始めます)が胡蝶蘭全体に必要なようです。一方、低温栽培種は、冬季に2か月間ほど夜間温度を10C程度とし、昼間は高輝度にし温度を20-25C程度に保たなければ、早春に花茎を出すことが難しくなります。これは同じ地域(中国雲南省など)に生息するPaphiopedilum micranthum等と共通する条件です。 CO2が栽培に効果があるということから、外部排気のないガスストーブや石油暖房を温室に入れるのは逆効果と思われます。排気ガスの成分で花の寿命を短くする可能性があります。CO2の供給については、現在イチゴハウス等で使用されている粉剤の炭酸ガス発生剤がビニールパックで市販されています。これを高い所に吊るして使用します。室内栽培やワーディアンケースの場合はCO2については神経質になることはありません。 表2には種別の温度環境を示します。
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照明
寒冷紗は輝度を落とす役割以上に室内の温度を下げるために利用されています。この寒冷紗を温室やワーディアンケースの内側に張っても葉焼けは防ぐことができますが、寒冷紗が吸収した熱は室内に放散され室温が上がってしまいます。寒冷紗は外側に張るのが原則です。原種は高輝度を好むと言っても、購入し移植した直後に照明強度を高めることは厳禁です。植え付け時の古い根の整理や株分けとも相まって環境に順化しておらず、この状態で高輝度下におけば一層株は弱体化し、さらに進行すれば葉焼けの危険性が高まります。特に輸入直後の野生種では、植え付け後から新しい根や芽が発生し安定するまで(半年程度)は、70%程度の遮光が必要です。また通風と湿度は照明以上に重要であり、安定した後に通風(葉の表面温度を下げる)を保ちつつ輝度を上げることがより良い環境となります。 表3には種別の照明環境を示します。冬季の数時間/日を除き、いすれも直射光は適しません。
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潅水 胡蝶蘭は着生(気根)植物であることから、コンポストの乾湿のメリハリが重要です。地生蘭は一定の湿度を長く保つことが良いとされますが、ジメジメとした状態が何日も続けばやがて根腐れが起こります。この乾湿の特性を理解することが栽培の要となります。初心者にとって難しいのは、潅水量や頻度は環境の温度、湿度およびコンポスト(植え込み材)や鉢の種類それぞれに依存するため、周年一律な値を定める事ができない点にあります。しかし一度その要領を会得すれば地生蘭よりも遥かに手間が掛からないことが分かります。現実の問題として鉢数が増え、蘭の種類(属)も増すと、それぞれのコンポスト毎や種毎に適した潅水管理を個別に行うことは趣味家にとってやがて重労働となります。このため、蘭を属に分けてグループ化し、この属は1日置き、この属は2日置きに行うといった取り決めをします。この間隔はコンポスト、鉢のみならず気温・気候によって異なります。同じグループでは苗の大小に関りなく、大量の水あるいは、一定量の水を与えるという方法が現実的です。このような大雑把な管理が出来ないと、果たして自分が蘭を飼っているのか、自分が蘭に飼わされているのかという精神的ストレスにいずれ襲われること必定です。胡蝶蘭原種では葉の形態から分類し、厚葉は潅水と乾燥のメリハリをつける、薄葉はこまめな潅水を行うなどが考えられます。 この管理法を前提にするとミズゴケは厄介で、鉢の大きさ、植え込みの硬さ、ミズゴケの質(ほぼ1年の保管で給水率は著しく下がる)など潅水量や頻度に影響を与える要因が多すぎます。前記したように、筆者はコルク(ヘゴを含む)とバスケットおよびクリプトモスを中心としたコンポスト(2009年度からクリプトモスは、植え込みのバラツキがさらに少ないヘゴファイバーに変更中)をこれまで使用し、潅水は花や蕾を除き、葉や根元など所かまわずホースで大量の水を与えています(バスケットの潅水のみ頻度はコルクの1/3以下)。鉢毎に水量を調整したり、頂芽を避けることはしません。その結果、ミックスコンポストの株では葉もと(株中心部)に水がしばらく溜まりますが、この方法が原因で軟腐病やカビ病に罹ったことはありません。水が葉茎間に数時間停滞しただけで病気になるとすれば停滞することが問題なのではなく、別の原因すなわちダニやカイガラムシなどが葉の付け根を傷つけ病気に感染しやすい状態にあったと考えられます。よって定期的な病害虫防除処理が行われ、株が健康であれば、散水器で直接与えても問題になるとは思えません。但し直輸入直後の株には搬送の傷や新しい虫害跡があると考えるべきで、このような潅水はできません。ではいつから葉水ができるのかという点ですが、前記の背景を考えれば植えつけ後、新芽が十分成長してからということになります。 上記の方法は温室やサンルームの場合であり、スチールラック(ホームラック)で鉢受けを用いた栽培では小型のジョーロで水を与えることになりますが、この方法では鉢を通過した水が鉢受けに溜まります。これを放置するとコンポストは過湿状態が続き間違いなく根腐れとなります。鉢受けに溜まった水は取り除かなければなりません。 一方、ほとんどの栽培書には潅水は午前中が良いと書かれています。これも夜間の低温と、葉や茎に残留した水分による病害の危険性があるとの考えによるものですが、昼間窓を開ける時期の部屋や温室では午前中に潅水すれば夜間の湿度が80%以上に保てません。筆者は春から夏にかけては1日中曇りか雨天を除けば、出きるだけ夕方(春秋で4時、夏季で5時、冬季で昼頃)に行います。但し温室には扇風機による24時間の通風があることが前提です。冬季などの18C程度の低温環境では夕方の潅水(散水)は薦められません。また病害発生率が高い環境では夕方に床に散水をして、株にはかけないほうが安全です。ワーディアンケースではケースの底面に水を入れたバットを置いて湿度を保っていれば、午前中の潅水で問題ないと思われます。 鉢栽培では、肥料の残りと共に蘭そのものが根から出す排泄物を洗い流すことも大切と考えます。無菌培養のフラスコ内の、特にいじけた苗は根の周辺の培地を変色(フェノールという物質を出すそうです)させます。この物質は自身も、隣接する株も弱らせます。このことから考えると、鉢内の根からも、特にコンディションが悪いものであるばあるほど、何らかの成長阻害物質を出しているものと思われます。 コンポストには濡れる程度ではなく、時折は根を洗う感覚で大量の水を与え、繰り返される施肥とコンポストの乾燥によって堆積する塩類(肥料成分の結晶)や排泄物を洗い流すことが有効です。塩類が過剰に蓄積されると、根の成長は止まり褐変します。結晶した塩類はプラスチック鉢の上部内側や底部排水口周辺に白く石灰状となって付着し、素焼き鉢では表面に浮き出て容易に目視できます。特にプラスチック鉢は素焼き鉢と異なり、肥料分が鉢に吸収されることなく、内部に蓄積するため大量の潅水が必要です。しかし、そのような対応を行ったとしても、ミズゴケやクリプトモスなどでは1年以上経過するとやがて根が傷みだします。コンポスト自身と排泄物による酸化と思われますが、葉が元気がなくなる、根の成長が鈍ってきた、葉に皺が出てきた、あるいはやや黄ばんできたとなる前に根の整理と新しいコンポストの交換が必要です。 潅水に使用する水は、夏の水温が20C以上となる一時期を除いて、株と同じ環境温度にした汲み置き水を使用します。冬季では水道水は10C以下となり、これを直接かけることは出来ません。しばしば、与える水は弱酸性が良いとも言われます。これは無菌培養の培地がPH5.5-6.0程度を最適としていることと、熱帯地方の雨のPHから想定されたものと思われます。水道水の汲み置き水は、特にエアレーション(魚の水槽で使う空気泡)を行うと地域にもよりますが若干上昇し、例えば東京でPH8程度になります。すなわちPHの差が2ポイントもあるのは生物にとって過酷な状態と思われますが、これを与えて蘭が弱まったという印象を受けたことはありません。但し、一般に栽培が難しいと言われる一部の原種の原因の一つが(確認はしていませんが)、水の硬度やPHにあるのかも知れません。 胡蝶蘭ではありませんが食虫植物では軟水が必須条件であるとされています。この植物には比較的硬度や電気伝導率の高い日本の水は不適(東京武蔵野市の水道水の電気伝導率は150-180マイクロジーメンス。好ましい伝導率は40-50マイクロジーメンス)で、純水器で得た水と水道水とを混合して使用するそうです。胡蝶蘭は食虫植物とは異なる(植物層の多い)環境に生息しており、このレベルの水質まで考慮する必要はありません。実験のため熱帯魚飼育で使用するテトラ社のペーハーマイナスという水道水を酸性・軟水にする薬剤を使用し、PHを5.0‐6.0にして数ヶ月続けましたが状態変化を確認することはできませんでした。現在筆者は、観賞魚飼育で使用するカルキ除去フィルタを用いて水道水から水槽に一旦水を溜め、室温になったところで使用しています。数百鉢ある中で、ここ数年パフィオペディラム、例えばフラスコからの飼育難易度の高いサンデリアダムなどやフラスコ苗からのミクランサムを含め、枯れる事が無く、根も1−2年で鉢内に相当蔓延ることを考えると、前記のモルトセラミックス、発酵バーク、麦飯石、カルキ抜きの水の相乗効果が好ましく作用しているかも知れません(その効果の有無を比較研究した訳ではありません)。 趣味家の中に、潅水に使用する水に流木やピートモスを入れる人がいると聞きましたが、パフィオであれ着生蘭であれ、その目的が水の軟水化であれば効果が無いとは断言できませんが、栄養分としての効果はほとんどありません。自然界ではバクテリアがその酵素によって有機物を分解し無機元素を作り出している訳で、水槽内にこれらを分解するほどのバクテリアがいるとは思えません。たとえ滅菌した付加物であっても、潅水時直前の液肥(液肥と炉材あるいは吸着剤は排他的関係で共有できません)以外の物質を入れることは病害を招く危険性の方が遙かに高いと考えられます。 潅水用としてバケツやポリ容器に水を溜めますが、撒く際に直接液体肥料を混ぜ合わせる人が大半ではないかと思われます。この場合いくらかの肥料分を含んだ水が容器内に残り、さらに容器が適度な明るさの場所に置かれていると、水の冨養化で想像を超える早さで緑色あるいは茶色のコケが容器の内壁に発生します。この状態の水を蘭に撒くと、コンポストの表面全体にコケや青子が発生してしまいます。コンポストだけならばよいのですが、胡蝶蘭のようにコンポストからはみ出した根にも付着し、ひどい場合は青みどろ状態となって根を塞ぎ、やがて根腐されを招きます。このため容器に栄養剤を投入した場合は、完全に使い切るだけでなく水洗いし、また容器も明るい場所には置かないか、遮光シートで覆うことことが必要です。筆者はこの経験から黒色のポリタンクを使用しています。一度苔の発生したタンクはピューラックスなど、やや濃度を高くして加え1日置いてから水洗いすれば綺麗に除去できます。 最初に潅水の度合を一様に決めることは不可能と書きましたが、それぞれ趣味家や園芸家は、何んらかの情報を基に推測し、様子を見、その後は季節毎の一定の間隔で行っていると思います。相当の経験者やプロの園芸家は株の日々の状態(葉色、張り、芽や根の身長変化など)で潅水量を決めるそうです。しかし一般趣味家にとっての潅水時期の判断は不透明プラスチックとミックスコンポストの場合、鉢の表面のコンポストの一部やバークの色くらいしか判断材料がありません。バークは水を含むとこげ茶色か黒くなり、乾燥すると明るい茶色になります。これだけでは内部の乾燥度合は分かりません。2つの方法があり、一つは鉢の重さで、他の一つは着生蘭に限り透明プラスチック鉢(ミズゴケは2号まで、それ以上のサイズのプラスチック鉢はクリプトモスやヘゴファイバー)を使用することです。鉢の重さによる方法では、水を含んだときと完全に乾燥したときとを覚えておかなければなりません。一方、透明(乳白色半透明のもの)のプラスチック鉢を使用する方法では、水分があるときは水滴が鉢の内壁に付き、この水滴が容易に目視できます。よって水滴がなくなった時(2.5号程度の小型鉢)あるいは水滴がなくなってから1日程度経過した時(3号以上の鉢)が潅水時と判断すれば良い訳です。後者の方法で分かったことですが、乾燥には同一のコンポストや鉢サイズであっても、相当のバラツキが見られます。これは外気湿度だけでなく、コンポストの密度や、通風と鉢の位置の関係に大きく左右されるためですが、水のやり過ぎはコンポスト内の根の成長を止めるか腐さらせてしまいます。透明プラスチック鉢の使用は美観は得られませんが、栽培用としては多くの着生蘭に有効です。鉢内壁の水滴がなくなるまで一切潅水をしないで良いかという点については、夜間の湿度が十分高ければ良いのですが、80%程度を確保できなければ、葉水(晩春から早秋まで)程度はコンポストの色変わりした時点で行った方が良いと思われます。 | ||
施肥 植物の生育には養分として無機/有機物それぞれを必要とし、肥料として4要素であるN(窒素)、P(リン酸)、K(カリ)、Ca(カルシウム)を始めとして、微量元素のMg(マグネシウム)、Zn(亜鉛)、Cu(銅)、Fe(鉄)など無機元素17種が知られています。またビタミン、アミノ酸、炭水化物等の有機物は、光合成により植物自身によっても作られます。土壌栽培では多くの養分は土中から自然摂取されますが、蘭栽培のように単一あるいは単一に近いコンポストからは、必須元素としての必要な量と種類を取ることができません。胡蝶蘭栽培で多く用いられるミズゴケにはN、P、K、また微量元素の一部が含まれ、潅水を正しく行えば、1年程度はそれだけでも生かすことができると言われます。研究では約9ヶ月間肥料分の放出があることが報告されています。しかしそれだけでは十分な成長や花数は期待できません。ミズゴケだけでもよいとする栽培者もいますが、肥料を与えたものと、与えないものとをニュージーランド産ミズゴケを用い、かなりの数の株で比較してみましたが、3-6月の成長期(温室栽培ではさらに早く)における施肥の有無は、葉数や根張りに明確な成長の差がでます。とくに輪花数に関しては顕著です。 コルク着けや、セラミックスと石のミックスコンポストではさらに一部の微量元素を除き、4大要素を始めとするほとんどが自然供給されません。良好な成長と開花を期待するのであればバランスの良い日常的な施肥が必須となります。春になっても新葉の成長が遅い、葉色が悪い、あるいは全体で4-5枚ほどしかないのに古い葉が落ちるなどの症状は肥料不足、なかでも窒素の不足と考えられています。施肥の効果は葉色、葉数、花もち、輪花数、耐病害など広範囲に影響を及ぼします。 市販品に洋蘭専用の肥料があります。多くの微量元素が土から得られることを前提とした露地肥料とは配分量が異なり、洋蘭コンポストでは不足するであろう質量と元素が考慮されたものと思われます。また胡蝶蘭栽培では遮光率を高く設定するため、しばしば光量不足が見られることから、有機成分を含んだ肥料も定期的に与えることが有効と思われます。 胡蝶蘭野生種の無菌培養をしていると、培地の成分や濃度によって、明らかに発芽や成長が種ごとに異なるものがあり、このことからそれぞれの種に適した要素配分があるものと思われます。しかし現状では種ごとに最適な施肥の研究データがありません。また市販洋蘭肥料には特定の養分が不足ぎみのもの(マグネシウムやカルシュウムなど)のものがあり、肥料を複数のメーカーで用意して交互に使うか、活力(補助)剤と組み合わせて使用し、規定の1/4 - 1/5程度に希釈したもの(ミズゴケの場合)を毎回潅水時に与えることが基本となります。潅水毎に大量給水を行うコルクやヘゴ板などの場合は多少高い濃度(規定の1/2 - 1/3程度に希釈)が良いようです。比較的大株をコルク着けしたものでは、筆者は初春にTea Packに置肥を詰めて上部に吊るして潅水をしていますが、顕著に葉の成長が良くなります。 また、葉が大きくならない、根が伸びないなどの原因の一つは照明の強さにも影響をしています。葉焼けを起こさない範囲で照明輝度が高くなければ葉や根は大きくなりません。特に原種にはこの傾向が強いと思われます。 年間を通し最低温度を18C以上に設定できるのであれば、一部休眠する種(Aphyllae、Parishianae亜属)を除き、種全体で見れば冬季においても葉、根いずれも成長を休むことがありません。この結果、季節の如何に関らず肥料と光は十分に与えます。施肥の頻度の目安として芽や根が伸長し始め、あるいは伸長している場合には積極的に行います。蘭の栽培書には温室栽培であっても肥料は3月から7月と、9月末から11月初旬の間とされていますが、温室栽培での胡蝶蘭(P.sumatrana, P.violacea, P.modestaなどほとんどの種)が成長を本格的に開始するのは1月であり、4月にはすでに開花や新葉が完成します。3月からの施肥では遅すぎ、栽培書の指導とはかなり異なります。筆者は2月中旬から後半に入ると多くの種で置肥を含めた施肥や、コルクやヘゴをコンポストにしているものには1/2-1/3希釈を6月頃まで毎回与えます。一方、秋遅くの置き肥は、一部の肥料が流れ出ないでコンポスト内に留まると共に、関東以北の冬季温室は昼夜ともに18C程度の温室内最低温度で推移することがあるため、肥料が残ると根ぐされを起す危険性があります。秋から冬にかけての置肥は定石通り、避けた方が賢明のようです。胡蝶蘭は肥料摂取を行う温度が20C以上とされており、高地あるいは低温系の一部の種を除き、昼夜とも20C以下の環境においての施肥は無意味であり、むしろ害となります。 また、ほとんどの栽培書のなかには、開花中には肥料を与えないと書かれています。開花中は養分摂取を止める性格が植物にはあるためと思われますが、確かに根や葉の伸長は花後に急速に進みます。しかし多くの種を見ていると葉や根が全く伸長していないことは稀で、特に根の伸長は多く見られます。筆者は栽培を始めた頃、開花期間中、一切肥料を与えなかったことから多くの株で作落ちが起こり、翌年は花つきが悪くなった経験をしています。初花から2か月程要して満開になる種(P. equestrisなど)、数か月間開花続けるもの(P. cornu-cervi系など)、不定期の開化特性を持つものでは、特にこの期間に施肥を止めることは作落ちが起こります。筆者は開花で多くのエネルギーを消費している状態の上に、さらに肥料を与えないことが原因と考え、それ以来、Phalaenopsis亜属を含め、開花中如何に関わらず施肥は通常通り行っています。これで株が弱まったり、作落ちが生じることがなくなりました。 いずれにしても野生種にとっての施肥開始の一律な時期というものはなく、種それぞれの根や葉の伸長具合を観察し、動き出した時点、あるいは動いている時期には十分な施肥を行い、成長が継続している限り通常の濃度の施肥を続け、成長が鈍くなった時(盛夏や冬季)にごく薄めの施肥(あるいはこの期間は活性剤のみとする)に切り替えるという手法が最良と思われます。 | ||
通風 通風は胡蝶蘭に限らず全ての蘭の栽培に重要な要素です。特に高湿度な環境では扇風機の微風程度の通風が24時間必要であり、通風がないと第1に細菌あるいはカビ系の病気に犯される危険度が増し、第2に夜間の低温多湿時に気孔を開いてCO2を取り込む胡蝶蘭にあっては、空気の停滞はこの活動を阻害し成長を緩めます。通風は人の肌にそよ風が適度な間隔で当たる程度(微風モードを3m程離れた位置から与える)の強さがよく、人が24時間この程度の風に当たっていれば風邪を引くであろう程のものです。つまりその程度に強い送風が、昼夜を問わず必要ということになります。ある雑誌で趣味家が蘭の栽培について、昼間に扇風機で送風し、夜は止めるという記事を書いていましたが、これは夏季の高温期、昼間に葉面温度を下げ、夜は低温となるため必要がないとする理由からと思われますが、胡蝶蘭を始めとするCAM植物に関しては夜間に送風を止めることは好ましくありません。送風は温度を下げる目的だけでなく、呼吸を活発にさせ、また病気から守るためです。 送風はコンポストの種類に関わらず必要です。例えばコルク着けでは乾燥が進むので行う必要がないのではないかと思われますが、これも先の理由から誤りです。送風により、多くの種が見違えるように大株になることをしばしば経験します。夜間の送風によって、朝までにカラカラに乾燥してしまうのであれば、翌日潅水を行えばよく、乾燥を避けるために送風を止めるというのは逆効果です。すなわち通風は、温度、湿度、施肥と共に必須条件の一つです。 通風と夜間湿度の好ましい環境は、例えば夕方潅水したコルク付けの株の根の周りに着けたミズゴケが早朝にしっとり感が残っている程度と思われます。これらの要件を満足する環境とは温室(ワーディアンケースやサンルームなど)のように高湿度な空間に置かれた場合となります。一般室内栽培の場合は、扇風機を壁や天井に向けるなどして部屋全体に緩やかな風を作ることになります。例えばティッシュを細長い短冊状に切り、これを株の近くに吊るして僅かでも揺れていれば良いことになります。室内などの湿度が低い環境では、株に微風をあてれば葉に霧吹きをしてもすぐに乾いてしまいます。この結果、栽培の難しい種(それぞれの原種毎の解説ページを参照)は避けるか、それでもチャレンジするのであれば、前記したような内気扇付きのワーディアンケースを別途、保温用としてではなく、むしろ湿度確保用として準備します。 送風は連続風かリズム風(あるいは首振り)のどちらが良いかは、明確な違いは無いようです。株数が多ければ首振りでなければ送風機が多数必要となります。全ての株に等しく送風できるように送風機の配置や位置を設定します。また外気温が15C以上となれば、ベランダなど室外に出すことができますが通風の良い場所であれば室外では扇風機は必要ありません。 | ||
移植(植え替え) 胡蝶蘭原種の多くは決められた移植の時期はありません。目安として花後が良いとされますが、種によってそれぞれ花期が異なるため最適な移植時期もそれに伴い異なってきます。またプラスチック植えなど根全体が傷つくことなく取り外せる場合は季節に関わりなく移植が可能ですが、素焼き鉢、コルク、ヘゴなど根が支持材に活着しているものは、これを剥がすことで根が大きく損傷し、根や葉が生長し始める時期の移植が無難です。移植の際には特に新しく生まれようとする根を傷つけることは極力避けなければなりません。移植により根が大きく傷ついた場合は、古い葉が黄変して落葉したり、その年には花が付かないこともあります。栽培書には春4月が良いとされますが、これは店頭に並ぶ交配品種が冬を越して花が終り、新しい根や葉が出る時期であることを前提にしており、温室栽培ではあくまで種ごとの株の状態で判断した方が適切です。注意しなければならないのは半落葉種(Parishianae, Proboscidioides, Aphyllae亜属)で、休眠中に移植すると失敗する確率が高くなります。これらは早春から晩春の4ヵ月程度内(花後で新葉が伸長する前)に行います。またP. cochlearisを冬季(休眠期)に移植して枯らしたことがあります。 健康な株であれば、花後で新芽や新根がでる頃が移植の最適期とされますが、塩害などで一向に元気がない株、購入時から徐々に葉が落ち小さくなってゆく株は根腐れの可能性が高く、前記の温度、潅水、通風までの管理を見直すことが必要です。コンポストに対して水の与えすぎ(あるいは通気性が劣る)が原因であることが圧倒的に多く、潅水を控えるか、通気性の良いコンポスト(ヘゴやコルク付けに、あるいは素焼き鉢にミズゴケとクリプトモス各50%混合、プラスチックにヘゴファイバーなど)に直ちに変更することが必要です。また葉の色の日々の観察も大切で、コルク・ヘゴ板/棒、バスケットにはあまり見られませんがポット植えで、葉が薄く色変わりしてきたり、褪せてきたり、あるいはそれまで張っていた葉が少し弛んできたとか、このような場合ポット内では、植え込み時の根の多くが黒変したり、根の皮だけの状態になっていることが多く見られます。今しばらく水を少なくして様子を見るよりは、直ちに根をポットから取り出し、腐敗した根があれば取り除き、より通気性の良いコンポストに植え替えることが成功率を高めます。1年近く経過した後に元気がなくなる、あるいは新しく植え替えたのに関わらず一向に葉や根が伸びないのも潅水による調整以上に、再度コンポストを含めた見直しをした方が良いと思われます。 コンポストをそれまでと異なるものに変えて移植する場合は、一般にそれまでの成長が芳しくない場合となりますが、これはBSサイズ相当の株に有効であり、フラスコ出し1年後程度の苗の場合にこれを行うと失敗することがあります。この現象は筆者の経験では、フラスコ苗をミズゴケと半透明プラスチックで1年間植え付け、その後ヘゴファイバーに移し替えたもので多く発生しています。P. javanica, P, deliciosa, P. violaceaなどに見られ、同様にミズゴケからヘゴファイバーに移したP. tetraspisはその影響が少ないように見受けられました。その違いは明確ではありませんが、それまでの根の状態にあるように思われます。一方、前記の種であっても、フラスコ出しの最初からヘゴファイバーに植え付けた場合は何ら問題がなく、むしろミズゴケよりも順調に育っています。成長が順調に進み鉢のサイズを変えなければならないような状態の株では問題ありませんが、1年目のフラスコ苗ではコンポストを別の種類に変えるのではなく、新しいものと交換する移植の方が安全と思われます。 東南アジアの栽培業者がプラスチックやビニールポットとヘゴファイバーの組み合わせで胡蝶蘭の多くを栽培する理由の一つには、潅水で水量のバラツキがでないこと、これは鉢数が多い場合、ワーカーの栽培技術に依存しないため重要です。また販売のために必要な、根の取り出しが容易なためです。多少の根はプラスチック壁面に活着しますが簡単に剥がすことができ、出荷に対して手間がかかりません。鉢を吊るすことができ、また潅水で流れ落ちる水が問題とならない環境では趣味家にとっても参考になる栽培法と言えます。 購入時の植え付けでは、古い葉の1-2枚が必ずと言って良いほど移植後1-2ヶ月で黄変し落葉します。根の切られた海外からの株は前ページで取り上げたように、1-2年前の葉と小さな新芽だけを残し見違えるほど小さな株になってしまうことすらあります。しかしこれは移植環境が悪い訳でも病気でもなく、根と葉の水分バランスを取るための株自身の自衛手段であり、多くの根が張り、新しい葉に入れ替わるのを気長に待つ以外ありません。古い葉が落ちる場合は必ず新しい根あるいは小さな芽が出始めているものです。もし同じ環境で一部の株だけが新根や新芽の兆候が見られず、古い葉が落ちるだけの場合は、頂芽の基部がすでに病気に罹っているか、疫病やフザリウム病(葉の付け根の部分に赤味がある。但しP.schillerianaなどのphalaenopsis亜属には葉元が本来赤色のものがある)などを疑ってみることが必要かもしれません。この場合は病虫害防除策が必要です。 | ||