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生息環境から考える栽培条件

 このサイトで対象とするデンドロビウムは下記のそれぞれの節に含まれる原種を対象とし、交配種や改良種は含みません。

 「 Amblyanthus, Aporum, Breviflores, Calcarifera, Calyptrochilus, Conostalix, Crumenata, Formosae, Dendrobium, Densiflora, Distichophyllae, Dolichocentrum, Fytchianthe,
 Holochrysa, Oxyglossum, Pedilonum, Platycaulon, Stachyobium, Stuposa 


  デンドロビウムは、東南アジアを中心に緯度20度以下の亜熱帯から熱帯地域に主に分布し、バルボフィラムに次ぐ2番目に多くの種(Species)を含むラン属です。その生息域はインド、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ニューギニア、オーストラリアと広域(生息地の詳細はこちら)で、確定されている数で1,200種(http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Dendrobium_species)を超えるとされます。今日においても年間10種ほどの種名不詳の種の発見が続いています。

 こうした広域生息種である故に、生息様態は多様で、これらを温度、湿度、輝度、かん水、通風、施肥等の栽培管理を一元的に行うことはできません。育種には生息環境に対応した後述の、3つの栽培環境を提供することが必要になります。

 生息域の気候は大別して下図の4つに分類することが出来ます。下図で赤実線は月平均最高温度、破線は最低温度を示します。各グラフの色は左の縦軸の色に対応しています。これらの月平均の温度グラフは、デンドロビウムが多い生息域に近い地点での気候情報を元に、生息域の標高に合わせて換算されたものです。ここで、最も多くのデンドロビウムが生息するパプアニューギニアDaru地域の気候を見ると、年間を通して高温多湿で、月間の最高・最低温度差が変化し、また降雨量も年間で300mmから50mmと変化(グラフの雨量単位が他のグラフと異なることに注意)し、熱帯モンスーン気候であることが分かります。一方、同じ島内であるインドネシア領Irian Javaは年間の気温変化がほとんどなく高温多湿の熱帯雨林気候となっています。ニューギニアにように狭い地域に4,000m級の山岳地帯をもつ地形では、標高によって気候は大きく異なり、平面的な地図上からだけでは適切な栽培環境を予測することは困難で、種ごとの生息地と共にその標高を知ることが極めて重要となります。ニューギニア地域と言った一まとめで栽培環境を決めることはできません。

 下段の左はボルネオ島Sarawakの標高1,000m気候ですが、海抜が高いことで年間気温は低くなっていますが、湿度が年間を通して80%であることが特徴です。これは雲霧林帯の特徴です。一方、下段右のインド、タイ、ベトナムなど亜熱帯のモンスーン気候地域では気温、湿度、雨量共に月によって著しく変化し、5月から9月の雨期と、11月から4月までの乾期があり、1月には月平均気温が10℃近くになります。この低温・乾燥期には多くの種で落葉し休眠します。またこうした雨期と乾期のサイクルが、成長と開花のトリガーとなる場合があり、栽培においても人工的に、低温・乾燥の変化を与えることが必要な種も見られます。


 

形態から考える栽培条件

 複茎性種であるデンドロビウムのバルブ(偽球茎)、葉、根の形態は下記に示すように様々です。 この形態は栽培を行う上で重要な情報です。例外もありますが生息域と形態の主な共通点は下記となります。

表1 生息域と形態
生息域
バルブ
熱帯雨林 太く、立ち性が多い 60㎝以上
厚く大きい
太い
熱帯モンスーン 高温多湿に比較してやや細い。下垂系が多い。バルブ下部が太く茎が細い種も多くみられる
やや薄い
細い
高山系 細い 半下垂系が多い
薄く細く小さい
細い

 下図にそれぞれの映像を示します。上段はSpatulata系デンドロビウムで、左および中央は1年を通し高温多湿な熱帯雨林あるいは熱帯モンスーン気候に生息します。写真右端は手前がDen. tangerinum、奥がDen. johannisで左2種に比べ湿度が5%程低い地域に生息し、ややバルブが保水力を増すためか太くなっています。葉はいずれも厚く、バルブは自立可能な立ち性です。

  中段はタイ、ベトナム等の温帯夏雨気候で、冬季には低温・乾燥気候となる地域に生息します。バルブの太さは中庸で葉は上段の各種に比べると薄く、冬季には落葉する種と、温度が比較的高い低地では落葉が抑えられる種もいます。インドからベトナムに至る東西に長く分布する気候であるため、この気候種は東南アジアの広い範囲に分布します。

 下段は高山の熱帯山岳気候で1年を通し10℃から22℃の気温に生息します。気温が低い場所は湿度も低いと考えるのは間違いで、気温が低いものの、湿度は高く、これは1,000mから2,000mの熱帯雲霧林帯の特徴で、多くのデンドロビウム種の生息域です。バルブは細く、葉も薄く小さく長針系で比較的立ち性が多いようです。


Den. violaceoflavens

Den. lasianthera

Den. johannis

Den. anosmum

Den. draconis

Den. khanhoaense

sp from Sumatra

Den. furcatum

Den. piranha

 形態から生息環境を考察する場合、分類上の「節」の単位で、全てが同じ性格と見做なし、1種類の温室設定で栽培可能のように思われますが、多くの種では同一節内であっても生息地によって気候は異なることが多く、「節」は形態学的には意味があるものの栽培上の環境設定条件には必ずしも適用できません。最も確かな種と栽培環境との関係はそれぞれの種の生息場所を特定することです。

  ではなぜ上記の形態と気候との関係を取り上げたかの理由は、デンドロビウムは毎年5-10種ほどの不明種が発見されており、こうした特別種を入手した際は種名や標高を含めた具体的な生息場所が不明である場合は、形態的特徴で栽培環境を決定しなければならないからです。こうした背景から、例えば入手した株のバルブや葉がスリムな場合は、取り敢えず夏季25℃を越えない栽培を検討する必要があります。これをSpatulata系と同居して高温多湿に置いたり、逆に高温高湿の生息種を、デンドロビウムは低温・乾燥が可能と考え、冬季10℃湿度50%の環境に置けば、やがて作落ちの危険性が高まり、全体で落葉し、古いバルブから枯れ始めたり、発芽がなかったり、開花も見られません。一方で、Formosae系のように冬季や乾期を持つ種の休眠期に過かん水すれば根腐れが生じてしまいます。

栽培温度と湿度

  前記しましたが、デンドロビウムの生息地には多様な気候があり、高温・多湿系と低温系を1年を通して同じ温度と湿度の中に同居することはできません。生息環境が異なる品種の栽培を目論むのであれば、それぞれに適応した栽培環境を複数用意する必要があります。中-大型温室であればエアコンや暖房器の位置に応じてカーテン等の間仕切りによっ幾つかの異なる環境をつくることができます。小型温室であれば複数用意する必要があります。その区分は表2となります。表2の気温や湿度は平均値であり、一時的な気温は表値に対し±5℃程の変化があります。表2の高温多湿系はボルネオ島、ニューギニア等の低地熱帯雨林帯、中温・高湿系は同地域1,000m以上の雲霧林、およびインドからベトナムに至る熱帯モンスーン気候の低地山林地帯、低温・乾燥系は熱帯モンスーン気候の高地山林地帯となります。表で熱帯雨林帯と雲霧林帯は、温度・湿度範囲が広く重なるため、栽培においては通年で同居させることが出来ますが、低温・乾燥系にとっては日本の盛夏は温度が高く、また冬季は一定の低温に晒すことが春の開花のトリガーになる種が含まれることから、高温系とは同居できません。
表2 栽培区分
生息環境
生息域
標高
年間平均温度
年間平均湿度
高温・高湿系 熱帯雨林帯 1,200m以下 25℃ - 32℃ 80%以上
中温・高湿系 雲霧林帯 1200m - 2,500m 15℃ - 28℃ 70% - 80%
低温・乾燥系(冬季休眠) 季節林帯 1,500m以下 10℃ - 25℃ 50% - 80%

 デンドロビウムは湿度60%以下の乾燥下では気孔を開きCO2の取り込みができないため成長要件を満たしません。またこのような乾燥状態は気温が15℃以下となる冬季となるため多くは落葉し温度・湿度が上昇するまで休眠状態に入ります。本サイトの「生息地と環境」のページに示された年間気候を見ると、月平均で15℃以下になる期間は余りなく、インドやタイの北部あるいはそれら地域の山岳地に僅かに見られる程度です。多くの種は15℃を上回ると成長を始め、これに並行してCAM植物としての生命メカニズムにより呼吸に必要な80%程の高湿度が求められます。

 以上のことから、温室内に高温・高湿系と中温・高湿系のデンドロビウムが含まれている場合は両者が生育可能な範囲として高湿度を保ち、最低・最高平均温度を18℃ - 30℃程度に制御することが最善策となります。一方休眠期間を持つデンドロビウムが含まれる場合は10℃ - 25℃の栽培環境が求められます。低温系種を無理やり高温系種と同居させると低温・乾燥系デンドロビウムは、15℃近くで成長が遅くなるものの半落葉状態や休眠をしない種が現れます。例えばDen. anosmumは自然界では冬季落葉し、葉がほとんど落ちてから開花しますが、冬季に夜間最低温度を15℃、昼間25℃との場合、半落葉(株全体で見ると多くの葉が落葉しないで留まる)となります。多くのデンドロビウムはこの状態でも花芽を付け開花しますが、より高山に生息する種の中には、高温による成長不良や、一定期間の低温・乾燥が開花の必須トリガーとなるものがあり、10℃前後の環境に置かなければ開花が得られません。しかしこれら低温系の種であっても15℃を上回る気温となれば夜間の高湿度が成長に必要です。

 低温・乾燥が必要な時期は日本では冬季となるため10-15℃が得られる場所に置くことは容易と思われます。しかし注意しなければならないのは、置かれた場所の昼夜の温度差が15℃を超えることはできません。すなわち冬季窓際に鉢を置けば容易に昼と夜で温度差は15℃を上回ります。乾燥状態でこのような低・高温が繰り返されると作落ちが発生し、株が弱まるだけでなく翌年の開花を期待することもできなくなります。昼夜の温度差の少ない場所に置くことが条件となります。

 殆どの高温・高湿系および高山(雲霧林帯)系の原種ランに必要な相対湿度は1年を通して夜間80%以上となります。一方、生活空間としての室内は60%以下です。エアコンや暖房機がある室内では40%が一般的と思われます。デンドロビウムは他属のランと比べて暑さ寒さに強く、室内でも十分栽培可能であるとの記事をよく見ますが、原種に関していえばこれは間違いです。何とか生き延びることと、元気よく成長し花を咲かせることは違います。温度、湿度、通風などのコントロールが無い状態で、ダイニングやリビングで原種を育種することはできません。株は日増しに弱く、小さくなっていき、やがてバブルだけとなり枯れていきます。

 こうした一般室内で着生ランを栽培するには、特に夜間の湿度をいかに高めるかが最も難題です。人の住む居住空間では乾燥しているため就寝前のシリンジ(葉への霧吹き)が良いと言われますが、これは行わないよりは行った方が良いと言った気休めに過ぎません。リビングやダイニング等の乾燥した部屋では1時間もすれば再び乾き、根本的な解決とは程遠いと言えます。夜間のみ株の置かれたラック全体をビニールカバー等で覆い、その中に水皿を置いて自然蒸散を促すのは良い対策です。1-2鉢であれば段ボール箱で夜の間だけ覆うことでも対応できます。その一方で、鉢周辺の湿度を植え込み材からの保水分の自然蒸発を期待して、ミズゴケ等の植え込み材を常に水浸し状態に濡らしておくことはできません。根の周りを過水状態におけば、間違いなく根腐れを起こりやがて枯れてしまいます。

温度差と開花

 デンドロビウムの主な生息地の気候をインドからオーストラリアまで50か所ほど調べて見ますと、開花時期と温度変化には相関関係があるようです。下図はそれぞれ4地点での気候データを示したものです。それぞれのグラフの中に赤の両端矢印はその地域に生息する主なデンドロビウムの開花期間を示します。ここで開花時期に共通している点は、月間の温度差(黒のライン)がいずれも上昇する時期と一致します。すなわち開花は最高・最低温度差の変化がトリガーになると考えられます。他の地域の開花時期と気候との関係を詳細に見ますと、ほとんどの種にとっての開花期間は温度差が上昇時あるいは下降時(サンプル図は上昇時のみを取り上げています)の変化が大きくなる期間と一致します。一方、熱帯雨林気候の1年を通して変化がほとんどないボルネオ島やスラウェシ島の一部地域では、開花時期は不定で多くが通年で開花しています。このことから開花は最高・最低気温差の変化が大きな影響を与えていることが推定されます。この温度差はまた降雨量の変化とも関係し、熱帯モンスーン気候帯では雨期と乾期の切り替わり時が主な開花期と言えます。


Den. williamsianum/Den. nindii

Den. macrophyllum

Den. anosmum

Den. formosum

  この様態から、栽培において開花期が不明な種であっても生息地が分かっている場合、その周辺地域の気候からある程度予測できることと、所定の時期に開花を求める場合、全体的な栽培温度を高めたり低くするだけでなく、1日の変化量を変えることにより花期をコントロールすることが可能と思われます。

照明

 デンドロビウム原種が必要とする輝度は種によって異なりますが、栽培では直射光の20%から70%の遮光が必要です。カトレアは30%-50%、胡蝶蘭は50%-70%とされます。輝度は葉、茎、根の成長だけでなく輪花数にも大きな影響を与えます。このため種に適した輝度管理は、潅水、通風、肥料と共に栽培の重要な要素です。

 輝度と共に照射時間も重要です。日本では夏季と冬季では3時間以上照射時間に違いがあります。また太陽光の強度も季節で変化します。一般的にラン原種の多くの品種で午前中の光が好ましいと言われますが、これはCAM植物にとって光合成が最も活発になる時間帯のためと、人工的な栽培環境での午後は、気温と輝度が適値以上に上昇しがちであることも要因です。実際の栽培環境では輝度や気温に応じて動的に遮光率を変えることは設備上困難であるため、葉焼けが起きないように最大輝度を想定して遮光率をやや高目(輝度を低くする)に設定するのが一般的です。葉も茎も元気であるにも関わらず花が咲かないという原因のほとんどは、適度な温度差がないこと、また花が咲いても少なく、また通常よりも小さくなる原因は輝度不足と考えられます。

 短期間ですが輝度の異常上昇が日本の夏に発生します。2013年には外気温が37℃になった日がありました。また近年には盛夏35℃は一般的で、温室内では寒冷紗を掛けても40℃近くに上昇することがあります。これは数時間の温度ですが、この短時間の高温で低温系のデンドロビウムが致命的なダメージを受けた経験はありません。むしろ短時間であっても大きな害を与えるものは高輝度です。初夏から初秋では遮光のない太陽光を短時間であっても当たった場合、葉面温度は45℃を超え、触れると熱いと感じます。この感覚の温度になれば葉焼けが発生します。輝度データに自然界ではFull Sunと書かれた高輝度を必要とする種であっても、葉面温度の上昇は許されません。自然界を時間単位で見れば温度・湿度・風、射光角度はダイナミックに変化しており、あくまでFull Sunとは、通風、葉影また周辺にある水分の蒸散(気化熱)による葉周辺の空気冷却があることが前提であることに注意しなければなりません。葉面温度が上昇しなければ高輝度照明が好ましいとの意味に理解すべきです。

表2 輝度に適した主な品種 (編集中)
照明 備考
高輝度
中輝度
低輝度

 デンドロビウムの中で、一般論として高輝度を嫌う種は薄い葉をもつタイプと言われます。
 

かん水

  どの属でも共通の問題ですが、人工的な栽培環境は限られており、趣味家にとってはその中で多くの属と種を混在して育種しなければならないのが現実です。低地熱帯雨林の高温系と2,000m級の低温系を、狭い空間で同居させることは極端としても、似たような状況に直面します。この中から温度、湿度、かん水頻度、輝度および通風下で栽培を可能にする公約数のような共通条件を見つけ出し、栽培を可能にするのは、植え込み材、鉢の選択、かん水量の加減、および置き場所の選択しかありません。その中で最も大きな影響をもつのは、かん水頻度と量です。

 デンドロビウムの年間成長サイクルには発芽期、成長期、開花期および休眠期があります。低地熱帯雨林帯に生息する種は、熱帯モンスーンあるいは亜熱帯地域に比べて明確な休眠期状態は見られません。このため栽培は高温多湿が求められ、これに対応したかん水の管理を行います。発芽および成長期には多くのかん水が必要です。一方、低温・乾期種については、日本の冬季を、ラン生息地における低温・乾燥期に見立てることが妥当ですが、この低温期間にはかん水をある程度控えます。このある程度とは植え込み材が完全に乾燥した状態を続けさせることではなく、指先に水滴が付くほどの濡れた状態を避けるということです。低温・乾期種のデンドロビウム単独の栽培で冬季15℃以下、しかし夜間の高湿度が得られる環境であれば、植え込み材を長期間乾燥させることができます。

  かん水の量と頻度は植え込み材と鉢の材質に大きく依存します。このサイトでは植え込み材に関してはページ「植え込み材」に詳細を記載していますが、大きく分けて下記の5種類となります。
  1. ミズゴケと素焼き鉢
  2. ミックスコンポスト(バーク、軽石、炭)とプラスチック鉢
  3. クリプトモスとプラスチックスリット鉢(高温多湿系)
  4. クリプトモスと素焼き鉢(乾燥低温期を持つ種)
  5. 木製バスケット
  6. ヘゴ板あるいは杉皮板
  それぞれに長所短所がありますが、このサイトでは、入手した品種が初めてで栽培実績が無い場合には主に1の組み合わせを、立ち性の種の7割は2を、Spatulata系など大型の種は3を、Formosae系は4を、下垂系の8割を5に、残りは6を植え込み材としています。下垂系原種をポットに植え付け、支持棒でバルブを無理に立てることはしません。栽培空間によってはそうした植え込み方法がやむを得ない場合がありますが、開花時の雰囲気が原種本来の姿とは異なり不自然に感じるからです。かん水は4月から10月までは毎日、その他の期間は植え込み材の乾き具合で1日から2日おきとなりますが、その間雨天が続いても、冬季の温室内は暖房器によって湿度80%を下回ることが多く、3日以上かん水をしないことはありません。但しこのかん水とは、一般書に書かれている乾いたらタップリ与えるかん水とは異なり、下記のような与え方となります。
 
 高温・多湿種であれ、乾期を持つ種であっても栽培上では他属を含めて温室内をシェアーしなければなりません。よって最低温度を15℃以下にすることはありません。この温度設定のため、植え込み材は1年を通して湿った状態にあります。この湿った状態とは、しっとり感がある状態を意味し、指で触れても指先に水滴が付く状態ではありません。しっとり感を長く保つためには、毎日ホースからのシャワーをサッとかける程度であり、ポットのウオータスペースに水が溜まる程は与えません。15℃以上に温度設定された温室では、夜間湿度は常に80%以上に保ちます。80%以上の湿度で20℃以下になると、夕方に葉に付いた水滴は翌朝、日が昇るまで蒸発せず留まったままです。これでは好ましくないため夏季は夕方、冬季は正午頃を目安にかん水を行います。それでも水滴が残るようであれば、かん水を隔日とします。通風は温室全体に24時間十分に与えます。湿度が高いため鉢内の湿度もあまり低下することはなく、翌日に蒸散分を補てんする程度のかん水をすれば良いとの考えに基づいています。鉢の中に根や肥料から出る、フェノール成分や塩分を洗い流すには数週間に一度、大量の水を流すことで十分です。デンドロビウム専用の温室があり、さらに生息域に対応した環境を設定できる設備がある場合は、冬季の乾燥と低温時の休眠期に対応したかん水が可能であり、この場合はより長期の乾燥状態と15℃以下の低温設定が可能となりますが、他属多品種を栽培する温室では対応が困難です。

 着生植物にはミズゴケの場合、植え込み材が完全に乾燥してから、数日置いて鉢の中心部まで乾燥させた後、たっぷりの水を与えると言われます。なぜこのような誤った指針が生まれたのか不思議です。ミズゴケやクリプトモスなどでは一旦植え込み材が乾燥してしまうと、吸水率(保水力)が低下し、多少の水では植え込み材内部まで十分に保水することができません。よってウオータースペースに水が溢れかえる程与え、びしょ濡れ状態にしなければならない訳です。鉢の置かれた場所が湿度60%、温度25℃以上で十分な通気性があると仮定すると、ミズゴケ素焼き鉢では3日ほどで乾燥します。1日はびしょ濡れ、2日目はしっとり濡れた状態、3日目は乾燥状態、さらに内部まで乾燥させるとすれば4-5日目も乾燥状態、そして再びびしょ濡れからの繰り返しとなります。デンドロビウムのような気根植物にとって、通気性の悪い鉢の中でこのびしょ濡れ状態と、3日間程の乾燥状態の繰り返しは自然では起こりえない環境であるだけでなく、温室内の株全体に対してこのようなかん水を行えば、特に高温高湿系のCAM植物に必要な夜間の湿度を十分保つことができません。

 一方、熱帯モンスーン地域では、ヒマラヤに近い北インドのように平均2ヶ月以上の平均気温10℃また湿度50%の期間が1か月程続くものの、夜間は霧が出て湿度は上昇します。こうした地域の種に対しての栽培においては、かん水は冬季10℃近くになれば頻度を下げ(葉水程度)、初春15℃以上になれば上げます。15℃以上の気温でのかん水頻度は前記のように基本的に毎日であり、毎日の水量の対応で過かん水にならないように植え込み材と鉢の選択を行います。かん水する時間を午前中か午後のいずれにするかは暖房器の稼働時間が影響する温室内の夜間温度と湿度を見て行うことになります。すなわち午後のかん水で朝まで葉に水滴が残るようであれば午前中、水滴が夜間の間に消えるのであれば午後となります。

 本来、植え込み材としてそれぞれの素材を採用する目的は高い透水性によるかん水時の過剰な保水(根が水滴に覆われる)を避けること、根周辺の通気性を確保するために気相の大きな素材とすること、一方、それらとは矛盾するかのようですが、素材は持続的な放湿特性(いったん保水した水分をゆっくりと蒸発させる)をもつものであることです。これら条件は根が水に濡れ、触れている状態ではなく、長時間、高湿度な空気に囲まれていることを目的としています。たっぷりのかん水によるびしょ濡れ状態と、鉢の中心部まで乾燥させる状態を繰り返す栽培法がその目的に応えているとは思えません。

  生息地のラン園でのデンドロビウムの植え込み材は圧倒的に炭が使用されています。しかもバスケットや素焼き鉢等の水分が蒸散しやすい素材(プラスチックバスケットなど)と共にです。しかしこれを参考に日本で同じように栽培しても良い結果は得られません。 高湿度な温室の中では良いのですが、日本ではこれらの生息国とは比較にならないほど雨が少なく、周辺湿度が低いためです。またマレーシア、インドネシア、フィリピンで植え込み材として使用されている炭は現地では生炭と呼んでいますが、PHが6.0-6.5であり、植え込み材としては適材ですが、日本の炭のPHは8以上のアルカリ性であり、同じように単体利用することはできません。

施肥

 自然界でのランは、光合成を始め、枯葉、動物の廃棄物等から栄養素を生成、また吸収したりしますが人工的な栽培環境では光量が不足したり、自身が光合成で生成可能な栄養素は得られるものの、必要とされるその他の無機栄養を得ることはできません。植え込み材であるミズゴケやバーク等の有機材にはある程度の有機・無機栄養素が含まれていますが、成長に十分な量ではなく、また経年変化で枯渇します。このような栽培環境では肥料は成長に必要であり、丈夫に育てるには基礎栄養素だけでなく多様な有機・無機の栄養素の補充が有効です。

  肥料には即効性のある無機栄養素が主体の液肥と、緩効性の有機肥料があります。それぞれが長所短所を持ちますが、原種には交配種と異なり有機肥料が好ましいとされています。

  肥料は規定希釈と施肥頻度、また施肥時期を守ることが必要で、過剰な施肥は葉やバルブに青苔を発生させて葉呼吸を阻害したり、塩分の蓄積による根腐れを招きます。 生息国ラン園では規定希釈の施肥を潅水3-4回に1回与えるよりは、規定希釈の例えば1/4を毎回与える方が良い成長が得られると言われています。

通風

 デンドロビウムに限らずすべてのラン属には葉呼吸を円滑にするため空気の流れが必要です。また葉が常に濡れた状態を避け病気予防を図る上でも通風は栽培の必須要件です。 通風を全ての株に対して等しく与えることは容易ではありません。量産農園のように背丈、形が同じ同一種を大量に栽培している場合は、大きな温室であっても、4台ほどの空調用ファンで循環する気流が生まれ良いのですが、多品種を栽培する場合はそれぞれの株の大きさは様々であり、また立ち性や下垂性など植え込みあるいは取り付け方法、さらに配置密度も一様ではありません。こうした栽培環境では株が風を遮ることで、風の当たらない場所が多数発生します。そこに置かれた株は葉水の蒸散が遅れ、病気などの発生リスクが高まります。また場所によっては風当りが強すぎたり、弱すぎたりする場所も出ます。

 こうした風通しの悪い場所を極力少なくするには小型の扇風機を複数台、所定の場所に取り付けることで解決を図ります。